春の陽気にそろそろ福岡城周りの桜も開かんとする今日この頃。年に2回(約一年ぶり)のみ発売されるプレミアム限定酒「獺祭 無濾過純 米大吟醸 生 磨き三割九分 槽場汲み」も届き、自宅リビングに飾られている既に開いた桜枝を愛でつつ楽しむ。そうだ開花と言えば先週は、我が家お馴染みの寿司屋「鮨割烹 やま中 本店」から、副島康広氏がついに独立し、桜坂の住宅街に「鮨 副島康広」をオープンした。
笑顔を絶やさないキュートな顔立ちの彼は、38歳とまだ若いながら実は20年を優に超えるキャリアを持つ。16歳から親元を離れて大阪の老舗寿司屋で修行。その後福岡へ戻り20歳から18年間に渡って「鮨割烹 やま中」で働き抜いた腕は確かだ。「独立で大将にご迷惑をお掛けするといけないので、一年前には独立の相談をしました」と言う、彼の律儀で真面目なところも我が家が昔から評価するところだ。

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数年前までは同じく鮨職人(別店で修業)の双子の兄と共同で店を出す計画もあったようだが、結局それぞれ別の店を構えた事になる。福岡市の中心部・天神から15分程度、警固本通りから筑紫女学園を超えて桜坂に向かう。二手に分かれた信号から右手の細い路地に入り、しばらく進んだマンションの一階に位置する。正に隠れ家的博多寿司店だろう。伺ったオープン間もないこの日、店外(敷地内)にも溢れんばかりのお祝いの胡蝶蘭が飾られ一際目を引く。
正面のモダンな扉には「副島康広」とロゴが見える。両側にはめられた曇りガラスを通し、薄っすらと店内の温かみを感じる光が漏れる。左手のドアを開けると、こじんまりとした清潔感あふれる明るい空間が広がっていた。久しぶりに会う副島氏と、これから店を共に支えてくれる副島夫人が笑顔で出迎えてくれる。妻は早速興味津々に店内を見渡し「クリエイティブな最新デザイン・・誰の作品?」と聞く。

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店舗設計は何と今をトキメク百枝優(長崎出身 1983年生)氏。あのフラクタル幾何学的枝が広がる話題の丘の礼拝堂「長崎あぐりの丘高原ホテル ”Agri Chapel”」を設計した彼だ。九州大学・横浜国立大学大学院在学時から受賞歴があり、その後「隈研吾建築都市設計事務所」に勤務し2014年に福岡で独立開業。2017、2018 Architectural Review Emerging Architecture awardsなど多数受賞し海外での評価も高い。
そう言えばつい先日は「鮨割烹 やま中 本店」の設計をした巨匠・磯崎新(大分出身 1931年生)氏が、建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞 (The Pritzker Architecture Prize by The Hyatt Foundation)を受賞して大きなニュースになった(今回で日本人受賞者は丹下健三・安藤忠雄など計8人に)。設計にこだわるところも「やま中」譲りといえそうだ。

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オープン日を急いだ為にまだ完全に出来上がってはいないと言う店内は、白く輝く壁と真新しい香りでフレッシュな風情も良い。7席の小さな白木のカウンターはこだわって、付け台の高さから3cmだけ低くした。「さらしの仕事なので、隠さず料理する様も舞台のように見て頂きたい」と言う思いから、客席から料理の手元が良く見えるようにしたと言う訳だ。そうそう、華やかな空間を演出するのは、カウンター正面の壁に飾られている朱色の艶やかなパネル。
「やま中」を象徴する砕石を塗り込んだ朱壁を彷彿とさせる。朱色のトーンを変えてグラデーションにしている3枚だが、実はこれは漆塗り。店外からもすりガラス越しにボンヤリと朱色が浮かび上がっていた。さぁでは色々と話を聞きながら早速料理を頂くとしよう。目の前には有田焼・源右衛門の美しい平皿、唐津焼や九谷焼の小鉢、萩焼の茶碗、組子のコースターなどなど、趣味の良い器類が並んでいる。

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まずはシャンパンをボトルで開けて乾杯しよう。現在置いている「ドゥラモット・ブリュット」「ボランジエ・スペシャル・キュヴェ」など定番のものの中から「ポル・ロジェ・ブリュット・レゼルヴ(Pol Roger Brut Reserve NV.)」を選ぶ。リーデルのワイングラスも用意され、小さなワインセラーもある。これから大きめのワインセラーも入れ、プレステージ・シャンパンも少しずつ取り揃えていきたいとの事、次回以降がまた楽しみだ。
付け出しの「アスパラ豆腐」の仄かな春野菜の甘さを感じながら乾杯だ。続いて「やま中」譲りの「フグの刺身」は宗像・鐘崎漁港から。副島氏のアレンジを加えたという特製ポン酢も酸味を効かせたバランス良い味わいで美味である。そして登場したのは「ナガスクジラの尾の身」。長崎から独自のルートで仕入れた貴重な一品だ。ややルイベ状態のまさに蕩けるような口当たり・・口溶けと共に鯨の風味が余韻に長く残る。

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続いて春らしく香り豊かな「ハマグリのスープ」。「やま中」とは少し流れを変え、身体が冷えないように温かい一品を持ってきたそう。正に花冷えの季節にぴったりだ。印象的な黒器は薩摩焼「沈壽官窯(ちんじゅかんがま)」。16世紀末から鹿児島薩摩焼の総帥としての役割を果たし現在15代を数える。薄く白濁のスープには糸島・加布里産の天然ハマグリと菜の花が浮かぶ。昆布とハマグリの上品な出汁は風味豊かで何とも滋味深い。
肉厚でプリプリのハマグリを口に含むと、更に濃厚なエキスが流れ出す。副島氏が「これはこだわりの一品です」というだけの味わいである。「これはかなり好き」と妻もご機嫌だ。そうそうこだわりの器類も目も楽しませてくれるが、お箸も握り心地が何とも良い塩梅。聞いてみると新潟「マルナオ」の物との事。先端まで八角が残っている美しい。錫製の匙置きや有田焼の箸置きなどもこだわっている。

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さぁ妻大好物の「ふぐ白子焼き」の準備が始まる。真新しい七輪に鉄串を通したプックリとした純白の白子がかざされると妻はニコニコだ(笑) そう言えば大相撲九州場所の時期は「やま中 本店」に数多く訪れる関取達も「ふぐ白子焼き」を見るとテンションがあがる。目の前でマンツーマンで作ってくれるため、ベストの火入れで即座に供せられるのも嬉しい。赤・青・緑の丸デザインが印象的な限定品の源右衛門皿に「白」が映える。
金崎漁港のフグ白子の炭火焼はねっとりした食感、外側と内側のコントラストも調和した味わいだ。火加減が同じ白子焼きでも印象を変えるなと改めて実感する。次に登場したのは大きな「アワビ」。わざわざ鍋ごと持ってきて見せてくれると、カウンターに香ばしい食欲をそそる甘い香りが流れ出す。大根と昆布出汁でじっくり10時間ほど炊いたもの。鮨屋の鮑というと3~4時間ほどの店も多いので大変な手間だろう。「ニヤニヤしながら楽しみながら仕込んでます」とドヤ顔の副島氏(笑)

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加えて「まだ4時間」と言うと仕込み中の鍋の中の鮑も見せてくれたので、10時間かけて身が凝縮していく変化が良く見てとれた。唐津「隆太釜」の皿に静岡伊豆山葵を添えて、いよいよ運ばれて来たそれを口に運ぶと、スーッと包丁を感じさせないほどの柔らかさ。微かな食感に続いて繊細ながら深い芳醇な香りが抜けていき、濃厚な海のエキスの旨味が口一杯に広がる。口惜しいようにあっという間になくなった。「手を掛けただけあるわね♪」と妻も満足そうだ。
ではこの辺りで日本酒も頂こう。まずは山口・八百新酒造「雁木」純米酒。「能作」の美しい錫製器で頂く。底が滑らかに繋がり切れ目なく美しいお猪口だ。吟醸のような香りが美しい・・さらりとしたキレもありつつ、無濾過らしいふくよかな味わい。そこへ運ばれるのは、ゴマと豆腐などが優しくまろやかな「せりの白和え」。そして丁度良いサイズの「北海道根室産バフンウニと茶碗蒸し」を楽しむ。

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とここで2本目のシャンパンも開けよう、選んだのは「J.M.ゴビヤール・ブリュット・トラディション(J.M.gobillard Brut Tradition NV)」。ラベルには、唯一許されていると言う「ドン・ペリニヨン修道士の肖像」が使われている。シャンパンの聖地ドン・ペリニヨン修道士が過ごしたヴァレ・ド・マルヌのオーヴィレール村で、1933年から栽培農家をしてきた造り手。
これはシャルドネ30%、ピノ・ノワール35%、ムニエ35%。シャルドネの繊細さ、ミネラル感を活かしたフレッシュで軽やかな飲み口。料理は邪魔しないだろう。ではそろそろ握りを開始しよう。程よいボリュームの料理達だったので妻もまだ余力があり、握りの展開を楽しみにしている。いかにも有田・源右衛門らしい赤・黄・緑の華やかな柄の白磁に、最初に登場したのは「中トロ」。10日ほど熟成させて旨味を引き出したもの。

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続く「サヨリ」は軽く昆布で2時間締めた。サヨリらしい透明感を感じる身の奥から、微かな昆布の風味と柔らかい旨味が顔を見せる。それらがバランス良くシャリと調和する。更に「キンメダイ」は焼きじめで。3Kgの「アマダイ」は昆布じめ。旨味を感じさせるやま中譲りのシャリとバランスの取れた味わいだ。続く「シビマグロ」は頃合いを計り熟成5日で握られる。豊前の「赤貝」は爽やかな磯の香りが秀逸。
そして美しい「車海老」は仕入れ後茹でて旨味を閉じ込めたもの。あえて直前ボイルは避けているとの事。「シャリとの温度差が出すぎない方が好きなんです」と言う、これも彼のこだわりの一つだろう。宮城の「ムラサキウニ」は、有明の海苔で挟んで供せられる。海苔の香りが何とも言えないアクセントでウニの旨味を引き立てる。「白ミル貝」は海の香りが滲み出る。「握る直前に目を覚まさせました」と、これまた楽しそうに握る副島氏の様子にこちらも楽しくなる。

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「真アジ」は生姜と小葱を乗せて橙を絞って頂く。ではここで2本目の日本酒も頂こう。姫路・本田酒造「龍力 純米酒80」。これも爽やかながら米の風味を閉じ込めた淡麗な味わい。そう言えば「龍力 純米大吟醸 秋津」は、「ロバート・パーカーズ・ワイン・アドヴォケイト」日本酒特集で、96点で一位になっていた(その他には「八海山 特別大吟醸」91点、「山本本家 神聖 祝 純米大吟醸」90点など)。
続く「のどぐろ」は塩で水分を取った上、ガスバーナーで火を入れた。微かに焦げた風味とノドグロの豊かな脂が広がる・・中が蕩けるように柔らかい。妻の喜ぶ「大トロの炙り」の後は、博多らしく細工の入った「イカ」で握りは締められた。最後はさっぱりしたデザート(イチゴ・金柑・アイス)に、残ったシャンパン合わせて楽しむ。副島夫妻と手伝いに来ていた夫人妹嬢と賑やかにお話し、気が付けば時間も遅くなって申し訳なかった。

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一品一品、長い修行期間を通じて考えてきた細かいこだわりを見せる。ツマミも適量で握りも最後まで美味しく頂ける。旨味や風味など骨格のある料理、かといって変な濃さもなく自然に肩肘を抜いた味加減がこだわりの素材の本質を引き出す。鮨職人としての長い経験はもちろん、笑顔を絶やさない副島氏の人柄の溢れ出た料理だろう。素敵な夫人と共にこれから10年・20年と末長く頑張ってほしい寿司屋である。
「また盛り上がろうね♪」とすっかりご機嫌な妻を即して車に乗り込み、手を振りながら帰路に就いた。春の夜風がひんやり気持ちよい幸せなデートの夜だった。