前回「アラン・パッサールとティエリー・ヴォワザンの華麗なる饗宴(前編)」の続き。このイベントはシャンパーニュ・メゾン「ビルカール・サルモン(BILLECART SALMON)」が、創立200周年を記念した「美食をテーマとした世界ツアー」の一環で、日本では「帝国ホテル東京」のメインダイニングであるフランス料理「レ セゾン(Les Saison)」にて行われたもの。
パッサールシェフとヴォワザンシェフの料理が交互に提供される特別メニューには、「ビルカール・サルモン」5種類がペアリングで付いているのであるが、やはり赤ワインも飲みたくなる。鈴木隆幸チーフソムリエと話し合いながらワインリストに目を通す。今日の料理だと少し熟成感あるピノ・ノワールかなと思うが余り食指が動かない。失礼かと思いつつ「リスト以外に古めのワインはないよね??」と聞くと別のワインリストが登場する。

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とは言っても全く別物ではなく、最初のリストにやや古めで高額のワインも配置した感じである。それを見て行くとブルゴーニュで余り古い物はなく、目についたのは「DRC ロマネ・コンティ(DRC Romanée-Conti Grand Cru) 1998年」。妻は「ホワイトデーだし良いじゃない??」とふざけて楽しそうだ。鈴木ソムリエも「うちは余り乱暴な値付けはしておりません」と笑ってフォロー。
「ロマネ・コンティ」のような究極のワインになると、ある意味開ける事に意味付けが必要だ。やっぱりホワイトデーだし(以前もホワイトデーに自宅で「ロマネ・コンティ 2004」を開けた)、パッサールシェフとボワザンシェフの饗宴ディナーだし・・と言う事で開けよう(笑) 妻はまさかのオーダーに「ほんとに?言ってみるものね??」と目を丸くしてはしゃぐ。そこへ鈴木ソムリエがセッティングするのは、高さ23cm・直径15cm・容量1.5L、水槽のように丸い大きなグラス。

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我が家にもあるバカラで最も大きいロマネコンティ専用グラス「バカラ ワイングラス デギュスタシオン・ロマネコンティ(Baccarat Degustation Glass Romanee Conti)」だ。この特別なグラスが用意されてるのはさすが「帝国ホテル」だろう。ブルゴーニュ地方ヴォーヌ・ロマネ村「ドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティ(Domaine de la Romanée-Conti、DRC) 」社が所有するグラン・クリュ
1.814haから生み出される「ロマネ=コンティ(Romanee-conti)」。ヴォーヌ・ロマネ村のグラン・クリュは1haあたり収穫3500Lまでと定められているが、「ロマネ=コンティ」では1L~3Lで平均年産約4000~7000本。その希少性から、世界で最も高額なワインになっている。名前は、ローマ時代からブドウ栽培が行われていた土地との事で「ロマネ」、そして1760年に所有者となったコンティ公ルイ・フランソワ・ド・ブルボンから「コンティ」との事。

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当時はルイ15世の従兄弟であるコンティ公爵が、友人と個人的に味わうプライベートワインだった。2000年以上葡萄だけを育てて来た最も理想的な土地、そこにできた特別な葡萄。歴史に翻弄されながらも頑なに丁寧な伝統的ワイン造りを続けて来た、その結果こそが今の神話的ワイン「ロマネ・コンティ」の存在だ。我が家もフランス・ブルゴーニュを訪問した際に当然ながら畑を訪問した。
他のDRCグラン・クリュ「ラ・ターシュ」「リシュブール」「ロマネ・サン・ヴィヴァン」「グラン・エシェゾー」「エシェゾー」と比べて、力強さ・華やかさ・骨格など全てを兼ね備えるのは「ロマネ・コンティ」だけと言われている。同じ1998年で言えば以前「ラ・ターシュ」も開けているのでその比較も楽しみである。大きなロマネコンティ専用グラスに注がれるとレンガ色を帯びた美しいルビーが揺れる。ジャコウ・スパイス・少し土のニュアンスも・・・

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鰹の一番出汁のようなクリアな旨味成分の香りが綺麗に縦横に広がる。ブーケの立ち上がり方は穏やかであるが、しばらくすると薔薇のドライフラワー・黒トリュフ・半分火の入った葉巻のようなスモーキーさ、更にアマローネっぽい熟した雰囲気も差し込んでくるなど複雑さを増す。緻密に溶け込んだタンニンは羽毛のようで、始まりと終わりが見えないようなシルキーなテクスチャーは深淵だ。
柔らかなアタックからは予想できないような、しかしロマネらしい奥深い果実味がゆっくりと口の中で膨らむ。「ラ・ターシュ 1998」に比べると、華やかさ・余韻のスパイシーさなどやはり押し出しは強くないが、上品さが際立ちその違いは明らかだ。果実味自体で確かなストラクチャーを構成できているが辺縁は緩やか。10年程で飲んだ「ロマネ・コンティ」に感じた球体が、形を保ちつつも熟成により外側から溶け始めているようなイメージ。

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溶け出した熟成感がクリアな旨味と共に長く気品のある余韻となる。長い熟成の階段を上り始めたばかりであったが、そのひっかかりのない「聖水」のような飲み口に、あっという間に飲み進めてしまう。「やだ~クイクイ飲んじゃう、これを洗練の極みと言うのね!?」と妻もシャンパーニュをそっちのけで楽しんでいた。さすが「帝国ホテル」らしく保存状態も良かった(バックヴィンテージで入手していた最後の1本だった)。
では肝心の「アラン・パッサールとティエリー・ヴォワザンの華麗なる饗宴」の料理後半に戻ろう。魚料理も2人のシェフそれぞれから一皿ずつ提供される。まずはパッサールシェフによる「香ばしく焼いたホタテとポロネギにリコリスを香らせて」が運ばれてきた。大きな「北海道産ホタテ貝」にはグリルでややしっかり目に火を入れた。日本では浅めの火入れを良く目にするホタテであるが、パッサールシェフはかなり深めに熱を通しつつ、ギリギリのところで留めた。

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その火入れが少しばかりの歯ごたえを導き出す。自然に噛みしめるうちにふくよかな甘さと旨味、更に火を深く入れた事から実現した、香ばしい貝類の風味が絶妙に広がる。「あっ上手だなぁ」と思わず声が出る。表面に粗塩を少し感じるオイリーな食感。塩気の塩梅がアクセントのポワロネギ、コリアンダーのソースにカリフラワーのピューレが絡み合い、加えてリコリスの独特な風味で更に味わいが立体的になる。
かなり食べ応えある一品に満足だった。ちなみにパンは数種登場するが、このプレートには「四万十川のあおさのりとピスタチオを練りこんだパン」が合わせられた。そんな中テーブルにいきなり揃ってやって来た2人のスターシェフ!アラン・パッサール(Alain Passard)氏とティエリー・ヴォワザン(Thierry Voisin)氏だ。キャー!と思わず立ち上がった妻を、パッサールシェフはサッとハグ。大御所シェフは陽気に気さくに妻の相手をしてくれる。

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そして久しぶりのヴォワザンシェフは流暢な日本語で、相変わらず優しく穏やかな笑顔と共に歓迎してくれる。妻はパッサールシェフと意気投合し「なんてセクシーでダンディーなの♪」と、すっかりこの夜を満喫していた(笑) イベントの少し前に来日したパッサールシェフは、いつもフラリとどこに行ってるかわからないと言う程、日本滞在を楽しんでいるとの事。イベントが終わった翌日はヴォワザンシェフと
某人気寿司屋に行く予定だよと話していた。ちなみに今回のディナーイベントは「ビルカール・サルモン」主催でこの日は一般客が40名程、翌日はガラディナーでプロを中心とした招待客メインの80名と言う事であった。さて料理に戻って次は、ボワザンからスペシャリテでもある「フランス産舌平目を骨付きのままリソレして 生姜バター 人参のコンディマンテ」。是非食べて欲しいと言う事で今回コースに盛り込まれた自信作だ。本場のドーバーソールを

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肉厚のままたっぷりと堪能できる一皿。筋肉質なドーバーソールが口の中でまさにプリッと弾ける。生姜とゴマバターに微かに醤油も使った濃厚なソースが、舌平目の身をペロリと食べ進めさせる。添えられた人参のジュレの上には、姫人参とマスタードのソースを少し流した。姫人参には微かにクミンを香らせている。「人参とクミンはフランス人がとても好きな組み合わせですね」と石川夕賀ソムリエール。
この深く濃厚なプレートにペアリングされていたのは「ビルカール・サルモン ブリュット・スー・ボワ(Billecart Salmon Brut Brut Sous Bois)」。スー・ボワとは森の下草。以前は木の切り株をイメージしたラベルだったがシンプルなものに変わっていた。グラスに注がれるとクリーミーなアタック。「ビルカール・サルモン」はプレステージである「キュヴェ ニコラ・フランソワ」でも樽醸造は3割程度。オーク樽のみを使って発酵させているキュベは

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「ブラン・ド・ノワール クロ・サン・ティレール」のみであった。その後、同じく100%樽醸造として登場したのがこの「ブリュット・スーボワ」。とは言えそれほど酸化熟成が進んではなく「ビルカール・サルモン」らしい上品さ・控えめさを残している。スモーキーでミネラリーなフィニッシュ。更に果実の膨らみがありボリューム感もある為、料理にはきちんと向き合って来た。
そこへ運ばれて来たのはメイン料理の、パッサールシェフによる「リ・ドゥ・ヴォーと春野菜」だ。肉料理は「卒業」したアランではあるが、今回日本のイベントである為特別に用意してくれた一皿。その意味でも興味深い。こちらの胸腺肉もホタテ貝に続いて比較的きっちりと火を入れている。一般に蕩けるようなテクスチャの火入れが多いが、パッサールシェフは敢えて次のステージの旨さを狙った。口の中で食感を確かに感じられ、ゆっくりと口の中でとどまるうちに、

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ミルキーでふくよかな本来の味わいが滲み出てくる。ヴォワザンシェフが気に入っているという茨城・笠間焼平皿には、アスパラガスのグリル・人参・蕪など春野菜がシンプルな仕上げで飾られる。リ・ドゥ・ヴォーのジュに加えて、オリーブオイルと絡めた生粒胡椒も振られた。これがピリッと爽やかさを演出すると共に赤ワインともリンクしてくれた。ペアリングされていたのは
「キュヴェ ニコラ・フランソワ(Billecart Salmon Cuvee Nicolas Francois Billecart)2006年」、これもマグナムで提供される。1964年にリリースされたプレステージ・シャンパーニュ。3分の1のみブルゴーニュの小樽が使用される。つい先日「フォーシーズンズ京都(Four Seasons Kyoto)」で同「ニコラ・フランソワ 1999」を飲んだばかりだったのでヴィンテージの差も探れる。今回マグナムの「2006年」は直前に何とデキャンタージュして提供された。

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これは来日中の6代目当主アントワーヌ氏の強い要望で、デキャンタージュするのも特製のデカンタを使ってとの事。「ニコラ・フランソワ」のボトルと同じ形状になっているのだった。まだかなり若いヴィンテージであるし、しかもマグナムなので少し開かせたいという思惑だろう。ややオイリーさと蜂蜜様の雰囲気も微かながら感じられた「1999年」よりは、ミネラリーでまだ還元的なニュアンス。
それでもデキャンタージュしたお蔭だろうか、ソフトな口辺りから高い酸が広がり上品な本質がそこはかとなく垣間見えた。一息ついて「ロマネ・コンティ 1998」を味わいながら石川ソムリエールお勧めのチーズも頂こう。ヴォワザンシェフによる前菜「トリュフクリームをからめた青豆のニョッキ 2014より熟成させたコンテチーズ」にも使われていた「2014年から熟成させたコンテチーズ」をお願いする。ヴォワザンシェフが長年付き合いのある

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著名なチーズ熟成士ベルナール・アントニー(Bernard Antony)氏に、特別にオーダーしたスペシャルなチーズだ。アルザス「メゾン・アントニー」と言えば多くのミシュラン3ツ星レストランが使っており、現在は息子のジャン=フランソワ氏も熟成士として名を馳せている。カットしたそれは見るからに熟成凝縮された濃い色でバリバリの状態。アミノ酸結晶のジャリっとした食感が何とも特徴的だ。
添えられた自家製のジャムは「ラズベリー・トマト・生粒胡椒」と「人参・マンゴー・ウコン」、それぞれトロリと甘過ぎず風味ナチュラルで良かった。ちなみにヴォワザンシェフはウコンを水に溶かしていつもゴクゴク飲んでいるそうだ(笑) そしていよいよデセールがやって来た。一品目はスプーンに乗せられた温かい白玉と、甘いパッションフルーツのソルベ。さっぱりするっと美味しく頂ける食感の妙。続いて2品目は「赤い果実とシャンパンのジュレ エルダーフラワーのソルベ」、

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これは銀を薄く塗ったモダンな有田焼の器で登場する。今宵のシャンパンラインナップをふまえて1杯目に提供された「ビルカール・サルモン ロゼ」のジュレを使用した。フワフワのライチの泡の中にはラズベリーにフロマージュブランや、エルダーフラワーのソルベが隠れている。酸味と甘みが春らしい美味しさで美味しく頂けた。これに合わせられた最後のシャンパーニュは
「キュヴェ・エリザベス・ロゼ(Billecart Salmon Cuvee Elisabeth Brut Rose)2006年」。その名の通り、「ビルカール・サルモン」創設者であるエリザベス・サルモンへのオマージュとして、1988年から造られるプレステージ・ロゼである。ラベルデザインも女性らしい。ピノ・ノワール60%、シャルドネ40%。伊藤靖彦支配人がグラスに注ぐと、濃いサーモンピンクにキラキラと極小の泡が立ちのぼる。妻は「何てロマンティックなの~♪」と

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当然ながら機嫌よくテーブルに映える美しいロゼを楽しんでいる。赤い果実のチャーミングな香りがデセールととてもハーモニーを感じさせる。溶け込んだきめ細やかな泡が上品な飲み口を演出する。アタックのエレガントな酸が持続し、微かなスパイス感とともに余韻に伸びる。「ビルカール・サルモン」5種の最後に相応しい、そしてクラシカルな風情のグラン・メゾンに似合う上品な「エリザベス・ロゼ」。
ロゼ・シャンパーニュの評価高い「ビルカール・サルモン」の面目躍如といった感じの味わいであった。食後には小さな菓子とオリジナル・ハーブティー(リコリス)を頂きソムリエ達とワイン談義を楽しむ。そこへ再びテーブルにスターシェフが2人揃って来てくれ、更にワイワイ皆で歓談する。渡された「ロマネ・コンティ」のラベルが入ったカードには、シェフ2人のサインが書いてあった。「とっても美味しかったよ~アラン♪」と言う馴れ馴れしい妻に

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「良かったよレディ、今度はパリの店においでよ~」と満面笑みでずっと妻の手を握っているパッサールシェフ、さすがフランス人である(笑) 野菜だけという先入観をはるかに超えた着地点である「アラン・パッサールの料理」、その片鱗を感じられて十分に満足できた今回のディナーだった。欲を言えばもう少し、あと一皿は彼の料理が食べたかったかな。最後も皆で大笑いしながら、
店の外までヴォワザンシェフや伊藤支配人・鈴木ソムリエ達、ホテルメインロビーに向かう階段の所までパッサールシェフが妻をエスコートして見送りに出てくれる。手を振りつつまた煌びやかな階段を降りる。桜を越えて正面玄関から車に乗り込み、名残惜しい気分でまだ賑やかしい「帝国ホテル東京」を後にした。桜の花が開こうとする穏やかな春の夜、色んな記憶が刻まれた素敵なホワイトーデーディナーになった。