河豚の本場・下関は元より、福岡でもふぐを「福」とかけて「ふく」と呼ぶ事も多い。年明けの小雪降る寒い夜、車を走らせたのは「柳橋連合市場」近く住吉橋のたもとにある、1923年創業の福岡を代表する河豚(ふく)料亭「博多 い津み」。黒を基調としコンクリート打ちっぱなしのモダンな店構え。年越しには「お節」や「フグ刺し」を運んで貰う我が家お馴染みの名店だ。
入って1階にはカウンター席とテーブル席、中庭には唐津焼「雷様」が鎮座する(カウンター席にはミニチュア版「雷様」)。2階に上がると広い玄関ホールがあり、奥にはライトアップされた坪庭もある。案内されたのは静かな掘りごたつの個室(二人用)、いつものスタッフさんと挨拶を交わして話が弾む。もちろん注文するのは我が家のお決まり、「天然コース(先付、刺身、唐揚、ちり鍋、雑炊、香の物、デザート)」に、妻が大好物の「白子焼き」「ふくひれ酒」の追加である。

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ではまずは乾杯といこう、この夜は「ポル・ロジェ キュヴェ サー・ウィンストン・チャーチル(Pol Roger Cuvee Sir Winston Churchill) 2002年」。ポル・ロジェのプレステージシャンパーニュだ。英国のチャーチル首相への哀悼の意を込めて1984年にリリースされた。キャプシュールにはチャーチル首相の似顔絵が今も描かれている。元々余り好みではないが、「1999年」「2000年」など何本か開けている。
グラスに注ぐと、シトラス系のアロマに続いてカンロ飴、白いキノコ、まろやかな旨味・・溶け込んでいるが活発な泡がまだ若さを感じさせる。固いミネラルがまだ骨格を形作る。奥行きはあまりないが飲みやすい。ステンレスらしい清廉さが少し溶け始めており、時間と共に洋梨の雰囲気も出てきて、飲み口の複雑さも出始める。そこへ「ふく煮こごり」が運ばれて来た。プリプリの煮こごりは、いつもながら飴色で艶々に輝く。

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口に含むとフグの風味と甘みが広がり、ふくよかで濃厚な味わい。余韻には濃い旨味が残り「ポル・ロジェ」の旨味と共鳴する。そして大本命の「天然ふく刺」の登場である。三代目主人宮武尚弘氏(70歳)が引いてみて、出来次第では「特選」としては出せない事も多いと言う。フグと言えば山口県下関市だが、実はその南風泊市場で取り扱われる(外海物)天然フグの大半は、福岡県宗像市の鐘崎漁港のもの。
玄界灘の荒波にもまれ、身はきめ細かく艶やかな河豚だ。刺身は三枚におろしたふぐを1~2日寝かせ、厚みある幅広の「二枚引き」にしたもの。牡丹花の様に綺麗に皿一面に盛られている。繊細な旨味が際立っており、淡泊でいて奥ゆかしい深みも兼ね備えている。添えられる「ふぐ皮」もプリプリとして美味だ。食べ応えに加えポン酢との調和も良い。博多らしい甘辛のポン酢は、橙のしぼり汁に数種の醤油を調合している。時期によってはかぼすやレモンを使うとの事。

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大量の小葱(鴨頭葱)は緑色が濃く、茎の白部分が細く短い、葉先がピンと張った上質の物。ポイントの赤おろし(唐辛子と大根)と共に柑橘系の酸味と葱の風味が広がり、ふぐの淡泊でありながらふくよかな旨みを引き立てる。そこに「ふくひれ酒」がやって来て妻が喜ぶ。いつものお部屋係さんが目の前で、手際よく火をつけると、河豚の香ばしさがふわっと広がりさらに食欲をそそる。
い津みの日本酒リストは地元酒造を中心に揃える・・よって追加で福岡の純米酒「田中六五」もお願いしよう。以前もこちらで頂いた。思えば先日の「鮨 やま中」でもオンリストされていたし、JR九州の豪華寝台列車「ななつ星 in 九州」でも提供されている。糸島市の「白糸の滝」下流に1855年創業の「白糸酒造」。糸島産山田錦を利用して、昔ながらの「八ネ木搾り」で作られる。機械を使わず樫の木に1.2トンの石をつり下げてテコの原理を利用し、もろみを入れた酒袋をゆっくりと搾る。

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この伝統技法は全国の蔵元でもこちらのみだ。現在指揮を執る若い八代目が手掛けたのがこの「田中六五」。田中は苗字、六五は65%精米を意味する。アタックには微かな甘みと旨味。何とも言えないしなやかな飲み口だ。細く長い余韻の後にはふくよかな米の風味がジンワリと出てくる。雑味が全くなく透き通るように綺麗な酒質が印象に刻まれる。「ワインは好きだが日本酒の風味が苦手」という向きにも受け入れやすいだろう。
福岡県産ではまず飲んで欲しい日本酒の1つと言える。さて料理に戻って、コースに追加した「ふく白子塩焼」がやって来た。ちょうどこれからが河豚白子がふくよかで最も美味な時期だ。素材を活かして控えめな火入れでトロリととろけるような食感。そこに表面の軽く焦げた香りが混じり合う。薄い膜がプリッと弾けて中のチーズのような風味と調和を見せる。妻も「これには日本酒よね」と楽しそうだ。次に運ばれたのは、サクッと薄い衣で艶やかに仕上げられた「ふく唐揚げ」。

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アラを酒・淡口醤油・味醂で味付けし、小麦粉をつけて揚げている。濃厚でありながらくどくなく、ゼラチン質に富んだフグの身質を活かした味わいだ。柔らかでいて微かな歯ごたえもある。「唐揚げを食べた」と言う満足感を品良く印象づけてくれた。続く「ふくちり鍋」は、いつものように部屋入口の控えの間で作られ、小椀によそってから運ばれる。白菜・春菊・豆腐・丸もち・椎茸を、ふぐの淡白で深い旨味でシンプルに味わう。
そしてちりを食べた後の「ふく雑炊」は、客毎にわざわざ米から炊きあげられる。艶々に立ったコシヒカリは適度な硬さ。お漬物と一緒に滋味深くスルスルと頂く。上品な食べ口が特徴と言えるだろう。最後はさっぱり「フルーツ」で締められた。博多では珍しい程の寒い日だったので、身も心も暖まる縁起担ぎの「ふく鍋」デートはちょうど良かった。「来月節分には『い津み 恵方ふく巻』も販売されるね」などと話しながら車に乗り込み、舞う雪を見上げながら帰路に就いた。

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