暑い暑い南国の夏休み。福岡の中心部は子供連れや学生集団に加えて、キャリーを引く旅行者や外国人も多く、とにかくどこに行っても人が多い。そんな訳で気持ち少し静かな赤坂けやき通りへ。「レストラン スーリール(Sourire)」で平日の御近所カジュアルディナーと行こう。「レストランひらまつ 博多・中洲川端」開業以来17年に渡って務めてきた水元康裕料理長が、昨年10月に独立した店だ。
学生時代からパリ修行時代と長年連れ添った夫人がサービスを担当する。マンションの1階、明るくカフェの様な内装は、芸術家でもある夫人がコーディネートした可愛らしい空間。我が家が訪れる最もカジュアルでこじんまりとしたレストランと言えよう。入って左右にテーブル3卓で奥にカウンターと、客席は基本10席程度(最大15席)だ。この夜もシェフの作業が良く見えるカウンターの奥まった席で頂こう。

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夜のコースは8000円のお任せが基本であるが、我が家は20000円の特別コースを組んで貰う。やはり上質の素材で、水元シェフらしいクラシック料理を思う存分堪能しなければなるまい!?敷かれているのは「博多とパリの融合」を象徴する特注の博多織クロス、季節によって色が違う。壁に飾られているアートは、フランス時代の想い出のポストカードなどを使って夫人が作製したものだ。
さぁまずは乾杯、さほど本数が多いわけではないが、信頼できる酒屋に相談して仕入れていると言う良心的なワインリストに目を通して「クリュッグ・ビンテージ(Krug Vintage) 1998年」をチョイスする。「クリュッグ」と言うと我が家的にはホテル使用が多い。アフタヌーンシャンパンや朝食時、または風呂上がり寝酒代わり?に開ける。その為レストランでわざわざチョイスする事は少ないのではあるが、この日はヴィンテージ的にもちょうど良さそうだったので決めた。

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そうそうカウンター席から座って見上げると、上にはオシャレな額に入ったワインのラベルが目に付いた。それは前回我が家が訪問した際に開けた「ブルーノ・パイヤール N.P.U(Bruno Paillard Nec-Plus-Ultra) 1999年」をわざわざ額装職人である夫人が作ってくれたのだ。「N.P.U」は博多「すし割烹 やま中本店」や恵比寿「ガストロノミー ジョエル・ロブション」、自宅とかなり開ける頻度の多いドメーヌ。
パイヤールが1981年に創業し瞬く間に世界的ドメーヌになったが、実はブルーノ家は古くからシャンパーニュ地方の葡萄栽培農家であり「ポメリー」に販売していた。現在は娘のアリス・パイヤールがマネージャーとして参画している。「N.P.U(ネック・プリュ・ウルトラ)」は極上という意味のプレステージ・シャンパーニュだ。コート・デ・ブラン地区のシュイィ、オジェ、メニル・シュールオジェなどグラン・クリュの葡萄のみ使用。

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発酵は小さいオーク樽で9ヶ月、瓶熟成は10年以上かける。ドサージュは1Lあたり4g。デゴルジュマンの年月をラベルに記載するドメーヌが増えてきたが、「ブルーノ・パイヤール」は古くから全製品について明らかにしていた。しかもデゴルジュマン後8ヶ月~1年、「N.P.U」に至っては18ヶ月、自分たちのセラーで時を経て出荷する。このこだわりが戦後ドメーヌでありながら成功をおさめた所以だろう。
グラスに注ぐと泡はすっかり溶け込んでいる。ふんわりとミツとシェリーの統合した上品な熟成香。デゴルジュマン2012年1月なので、かなり落ち着きを見せた丸い味わいだ。「今までのN.P.Uのイメージよりかなり薄くない??」と妻。確かにいつもより構造がやや緩い印象ではあったが、品格ある味わいがディナーの気分に寄り添ってくれた。おっと話を戻して、この日開けた「クリュッグ・ビンテージ 1998」について。ブロンズ色に金文字と赤い柄がエキゾチックなラベル。

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「1998年」は1990年代最後(4番目)の「クリュッグ・ヴィンテージ・シャンパーニュ」だ。「1981年」以降2度目、シャルドネが多く使われている事から「オマージュ・オー・シャルドネ(シャルドネへのオマージュ)」と呼ばれている。ちなみに「クリュッグ」がLVMHの傘下となったのは1999年。グラスに注ぐと、深く濃いゴールドの中を微細な泡がゆっくりと立ち上る。
蜂蜜・ヌガー・・時間と共に洋梨のコンポート、白トリュフなど複雑なブーケが香り出す。豊かで上品な酸が骨格を形作る。熟成してるが果実のフレッシュさもあり、素直に美味。気品のある余韻が、プチシュー中のスモークサーモンのクリームとピッタリ調和して素晴らしいスタートだ。「クリュッグ」が余り好きでない妻も「これはなかなかね♪」と楽しんでいる。ではまず1品目「海老コンソメロワイヤル 唐津の赤ウニと共に」が運ばれる。

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赤ウニの旨味に続いて、軽く燻製をかけたトウモロコシの甘さが軽やかに絡んでくる。やはり燻香を微かに纏わせたコンソメの旨味と重なり、その複雑さが「クリュッグ」と調和する。続いては涼し気な器に涼し気な「オマール海老のサラダ仕立て フヌイユのピューレとオマールのジュレ」が登場する。カナダ産オマール海老の身とそのジュレを爽やかに頂く一皿だ。フヌイユの香りの中に甲殻類の旨味が膨らむ。
小さく角切りした宮崎産マンゴーと加賀太きゅうりの食感のアクセントが、更に爽やかさに一役買う。ここで赤ワインもボトルでお願いしよう。肉が「ピジョン」と言う事なので、ワインリストのブルゴーニュに目を走らせていたが、ボルドーの「シャトー・レヴァンジル(Chateau l’Evangile) 1995年」が気になったので結局チョイスする。以前「銀座 ロオジェ」で同「1996年」、マンダリンオリエンタル東京で同「1999年」、

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博多のレストランでも「1986年」なども開けている。メルロー75%、カベルネ・フラン25%。若いヴィンテージのレヴァンジルは濃縮した血・酸化鉄のニュアンスから、ベキャスなど血の風味の強いジビエに合わせる事が多いが、「1995年」なので熟成したメルローのまろやかさがピジョンにも合うのでは?と期待する。ボルドー右岸ポムロールの畑14haの北は「ペトリュス」「ラ・コンセイヤント」「ヴィユー・シャトー・セルタン」、
南は「シュヴァル・ブラン」 と言う素晴らしい土壌。18世紀の記録には既に畑の記録があり、色々所有者を変えて1990年からは「ドメーヌ・バロン・ド・ロートシルト(シャトー・ラフィット)」の所有となっている。継続的な管理・経営体制を確立し、1995年から2005年にかけて満足いくヴィンテージが多く生み出されたとメゾンは言っている。この「1995年」は特に評価の高いヴィンテージ。グラスに注ぐとドライフラワーなど熟成を感じるが余り複雑でない香り。

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アタックも予想通り重さはなく軽やか。タンニンはすっかり溶け込みまろやかだ。それでも余韻にやや鉄分を感じ、時間と共に右岸のDNAを確かに感じ始める。暫く立つと良い意味で掠れたアマローネの雰囲気も出てきた。保存状態は良くゆっくりと楽しんでいけそうだ。思えば前回訪問時は「ブルーノ・パイヤール N.P.U.」に続き、ボルドー・サンテステフ「シャトー・モンローズ(Chateau Montrose) 1988年」を開けた。
メドック格付け第2級ながら1級に劣らない「シャトー・モンローズ」は「サン・テステフのラトゥール」と言われている(実際5Kmしか離れていない)。我が家でも見つければ選ぶ事が多い。1825年創設、現在はかのマルタン・ブイグ氏がオーナー。1970年代後半から造り方が変わるので、これはその前と言う事になり貴重だ。その昔ヒースの開花時に一面が薔薇色に染まる事から、モン(山)ローズ(薔薇)と名付けられたのだそう。

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カベルネソーヴィニョン65%・メルロー25%・カベルネフラン10%。グラスに注ぐと予想に反して、まだレンガ色まで行かず茶色を帯びたガーネット。アタックから中盤にかけて膨らんだ余韻が最後まで広がり、スケールの大きな味わい。ドライイチジク・甘草・腐葉土・・複雑なブーケに包まれる。枯れかけた葉や土だけでなく、ハーブの爽やかさも残している。
更に果実味も中心に残っており熟成感とのバランスが絶妙に取れてなかなかの美味しさ。以前「ベージュ アラン・デュカス 東京」で開けた同「1970年」や、日航福岡「レ・セレブリテ」で開けた同「1989年」には及ばないものの、熟成したボルドーのニュアンスを水元シェフらしいしっかりとしたフレンチと楽しめた。ではまたこの夜の料理に戻って、次は「リードヴォーのパネ ジロール茸のムースリーヌソース」がやって来た。

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「これはエーベルランシェフから教わった火入れです」と水元シェフ。50年に渡りミシュラン3ツ星を獲得している アルザス「オーベルジュ・ド・リル(Auberge de l’Ill)」、そのマルク・エーベルラン(Marc Haeberlin)シェフが数年前「レストランひらまつ博多」で来日ガラディナーをした際、水元シェフは料理長だったし我が家も参加して楽しかった記憶がある。
「リ・ド・ヴォー」は酢水でブランシールした後、重しで一晩水を抜く事が多いが、エーベルランは酢水でさっと茹でた後に、85度で野菜の出汁と共に熱を入れ、一晩漬け込む。それにより外側と内側の一体となった味わいを実現できるという。確かに軽やかにしかし弾力を残しつつ渾然一体となった味わいだ。表面にはパン粉でなく食パンを纏わせて火を入れた。ソースは濃厚なジロール茸の香りと味わいに加えてポルト酒の酸味もポイント。

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クラシックでいて心地良い軽さもある美味なプレートであった。さぁ次の料理は「鐘崎漁港の甘鯛のムニエル ケッパー風味の焦がしバターソース」。すぐ目の前のキッチンを覗き込むと、シェフがフライパンで甘鯛をバターの泡でアロゼしながら香り豊かにふっくら仕上げている・・正に王道の料理だ。ビーツとオレンジのピューレも添えられる。出来上がりと共にアツアツ状態でテーブルに置かれると、
焦がしバターの香りが流れ出す・・真の作りたての美味しさだ。水元シェフならではのクラシックなフレンチの美味しさに包まれた。もう妻はお腹一杯と満足気。そこへ次の「アワビのロースト ヴァンジョーヌのコライユソース」がやって来た。付け合わせは低温でローストした茄子の煮浸し。肝のソースには上から生姜の香りが付けてある。「アワビの火入れは個体差で微調整しますが、ニンニクとタイムで香り付けしながら、これは99度で90分ほど蒸しました」と言う。

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なるほどさすが、ふわふわで柔らかく吸い付くような食感が表現されている。磯の香りや味わいも濃厚、フレンチらしい贅沢な味わいに満足する。そしてメインは「ピジョンのサルミ シェーブルのパンペルデュと共に」だ。目の前でイタリア産ピジョンをさばく様子を見つつ、ワクワクしながら完成を待つシェフズキッチン的楽しさだ。最近は「ひらまつ」時代の客だけでなく
幅広い客層になりつつあるなど色々話も尽きない。そうこうするうち「ピジョン」が完成する。サルミソースがたっぷりと円形に流され、その内側にもシェーブルチーズのパンベルデュ、つまりトロトロになったパンと付け合わせたソースが敷かれた。ピジョンの美しい断面・・出来立てその瞬間の絶妙な身質を満喫できた。チーズなども用意してくれていたのだがもうお腹一杯で断念、後はデザートの「桃のコンポートとフランボワーズのソルベ」だけを頂く事にした。

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敷かれたゼリーはヴェルヴェーヌで香りをつけている。みずみずしい甘く香る桃、ひんやり酸味爽やかなフランボワーズのソルベで、さっぱりと夏らしい一品で締めくくられた。夏休みらしく他のテーブルは子供連れで賑やか。最近はマンションが多く立ち並ぶけやき通りの、アットホームな風情に似合うカジュアルなフレンチレストラン「スーリール」。
ランチや手軽なコースメニューもあるが、せっかく水元シェフの料理を食すならば(真骨頂を知りたいなら)、特別なお任せのコースを特別料金でお願いするのもひとつだろう。