日本家屋で迎える目覚めは独特の空気感があるといつも思う。我が家の京都定宿は300年続く日本を代表する名旅館「俵屋旅館」。わずか18室、日本の歴史上の人もさることながら、ヒッチコックやスピルバーグ、トム・クルースにハリーポッター3人組み、亡きデヴィット・ボウイなど世界のVIPがお忍びで来る事は有名だろう。
いつも我が家が泊まる一階突き当たりのスイートルーム「暁翠庵」は吉村順三氏設計。その一部を改装して俵屋に初めてベッドを入れた部屋としても知られている(俵屋旅館自体が有形文化財建造物)。そう、最近は亡きスティーブ・ジョブスが使用していた部屋として知られている。土壁の上に韓紙が貼られ、繭の中にいるような優しいその寝室。リモコンで足元の「唐長スクリーン」を開けるとしっとりとした蹲踞から光りが差し込む。

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「究極の布団(マザーグースのハンド・ピックのダウン)」からゆっくり起き上がり、少しひんやりした和室(居間)に向かう。木戸をガタガタと開けると硝子越しに見える日本庭園が朝露で更に美しい・・「京都の朝」を実感するわ。主人は書斎に腰を下ろし届けられた新聞を広げる・・しばらくするとお部屋係さんが「ヨーグルト」「お茶と梅干し」を運んでくれる。
朝食は前夜に洋食・和食のいずれかを選択できる。洋朝食のコーヒー(京都の名喫茶「カフェ・リドル」復刻珈琲)やオムレツも気に入っているが、基本は和朝食ね。特製鍋で運ばれてくるのは定番アツアツ「湯豆腐」、これが格別に嬉しい。優しく口の中でほぐれていく豆腐にシルキーな湯葉。海苔・鰹節など4種類の薬味と共に頂く。大豆の凝縮されたタンパク質が身体に浸透していくよう。豆腐はもちろんご近所の名店「平野屋」のもので、

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湯葉も近所の享保元年創業老舗有名店「湯波半老舗」のもの。ともに俵屋11代目当主・佐藤年女将の幼馴染みとの事。京ならではの緊密な関係と共に引き継がれていく「京文化」をしみじみと食すわ。前夜のうちに数種類から選ぶ魚はやはり「グジ」。大きな身一匹のグジが何とも豪勢に登場するわ。ふっくらした身を贅沢にほぐしてたっぷり頂く・・しっとりした身の甘味が広がる。
程よい茹で具合の「半熟卵」も2個添えられる。越畑の棚畑で特別に無農薬で作らせているというこだわりのふっくら「ご飯」、大きなシジミのエキスが染み出た「味噌汁」、京野菜の「お浸し」「漬物」。そして取り寄せ可能な俵屋名物「ちりめん山椒」などなど、滋味深くも食べ応えのある朝食を部屋着のままゆっくり食す。そんな幸せな朝食が終わると、私はいつも館内にある小さなショップに向かう。館内で使われているグッズやパジャマ、

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器やアメニティを販売している店が、徒歩1分の場所にある「ギャラリー遊形(Gallery Yukei)」。女将の亡きご主人、写真家アーネスト(Y.Ernest Satow)の勧めによりオープンしたのは平成元年。その一部は旅館内にも置いてあり、私は宿泊毎にそこで色々選ぶのを楽しみにしている。女将がデザイン・プロデュースする品々は、日本の伝統を守りつつモダンで遊び心あって心癒される。
この日もいつもの様に季節の匂い袋や「和三盆 福俵」を沢山、それに加えて購入したのは「Y・アーネスト・サトウ写真集」。以前出版された「俵屋相伝」と並べて置いてあった。彼の写真集が出版されたのは1998年、それに図録を兼ねた普及版として再販されたのがこれ。早速部屋でページをめくり始めると、モダニズム溢れる独特の世界に一気に引き込まれていった。日本人の父とアメリカ人の母、東京で生まれ育ったアーネスト。

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早大卒後ニューヨークに移住し、30代に入る頃音楽評論家から写真家へと転身。フォトジャーナリストとして活躍していく。ニューヨーク近代美術館に収蔵された作品は「飛び立つ鳥」、彼の作品には印象的に躍動する「鳥」が多い。そしてあの「フルシチョフ首相の演説」が「ナショナルジオグラフィック」誌に掲載される。彼の撮る人物写真はどれもリアリズムを越えた勢いで怖いくらい。
瞬く間に著名になった彼は「ライフ」誌特派員として、1962年再び帰国(来日)する。数年後には京都市立美術大学で写真史などを教え、40半ばで同大学美術学部教授に就任。晩年は教育育成に勤しむ。その後60歳で体調を崩し退職、亡くなったのは1990年。彼が亡くなった時期に私はニューヨークに少し住んだ事もあり、彼の撮るニューヨークの景色がとても気に入った。ノスタルジックでキュンとさせる・・今の時代にはなかなか感じられない刹那や抑制?

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そんな闇の強さ、その中にある人間味に惹かれるのかな。私の親よりももっと上の世代、戦後最も複雑な時代に、変化する二つの環境に魂を置いた鬼才ならではの作品集、今更私などが絶賛するまでもない。俵屋の館内には彼独特の技法で撮られた作品が方々に飾られている。夕方5時から宿泊者に解放される、2階の「談話室 アーネスト・スタディ」はまさに彼の書斎だった。
ハンス・J・ウェグナーの名作「ベアチェア(APストーレン社製のビンテージ!)」やフィン・ユールの椅子、ルイス・ポールセンの照明などの北欧家具の名作たちが鎮座する素敵な空間。オーレ・ワンシャーのイージーチェアに座ってバーブティーなどが頂ける。奥の窓際には磯崎新の妻・宮脇愛子の「MEGU(1970年代)」。厚ガラスを幾重にもする事による緑色の波光が「うつろう」感じになるのが素敵ね。以前も話したが我が家はカッシーナ社の

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ル・コルビュジエ、マリオ・ベリーニ、ヴィコ・マジストレッティ、アイリーン・グレイなど名デザイナーの代表的作品を、私の美学的見地において大理石(ビアンコカララ)上に置いている。北欧のはチェリ~のアルネ・ヤコブセン「エッグチェア」くらいか。俵屋とは全く方向性(趣味)は違うが、やはり良い物(名作と言われる物)は良い。テーマに沿った統一感とポリシー、使う年月が「完璧な空間」を作るのに必要なのね。
思えば以前、NHK・BSプレミアムで放送された俵屋旅館のドキュメント「ザ・プレミアム 京都 ふしぎの宿の物語」があった。ハイビジョンの4倍の超高精細カメラ(4Kカメラ)で、京都の東映・太秦撮影所の照明部や特機部の協力を得て撮影されたそのドキュメントは、本来外国人向けの企画だったが日本向けに1時間半に短縮編集して放送された。反響も大きく大好評で今も再放送が時々あっている。番組のテーマは本物の「日本ならではのもてなし」の深遠な世界。

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基本テレビには出ないスタンスの俵屋を、1年にわたって「俵屋の所作」を追った。この撮影が行われていた期間、我が家も5月・8月と訪れているのだがそんな気配は微塵も感じなかった。「共用部分の撮影はチェックアウト時からチェックイン時まで」「撮影隊の存在は悟られないように」との条件付きだったよう。狭く入り組んだ空間で、それはかなり大変な作業だっだはずね。
「俵屋相伝」でも十分に美しい佇まいや俵屋のもてなしの真髄を感じられるが、このドキュメントでは当然ながら動画ならではの臨場感があった。日本庭園や日本家屋独特の風情は、4Kカメラだからこそ陰影や色彩も鮮明に表現できたのだろう。TVの画面でも違和感なくどこも「このまま、そのままだね」と驚くほど、鮮明で美しく実物通りの感覚に近かった。また意外だったのは余り表に出られない女将が、控えめながら顔出ししていた事。

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夫アーネストの事も話されていた。放送の終盤は駆け足で編集されていて勿体ない気持ちもしたが、視聴者には日本らしい本物の「もてなし」が垣間見えただろうと思った。いつかノーカットのオリジナル版も見たいわ。では話を戻して、そんな名所俵屋「アーネスト・スタディ」と同じコンセプトの空間がもう一つある。それは俵屋がすぐ近所に出したカフェ「遊形 サロン・ド・テ(YUKEI SALON DE THE)」。
明治時代の町屋を改装した店内は、吹き抜けと大きな窓で明るい素敵な空間。旅館や写真集で見慣れたアーネストの作品が壁にかかっている。冨田潤作の織物も掛かっている。俵屋旅館の図書室「高麗堂」に敷かれている二重織のラグや、部屋のテーブルに敷かれている織物も冨田潤の作品なの。更に店内を見上げると高天井から3枚シェード。ここでもルイスポールセン社ポール・へニングセンのビンテージ「PHランプ」!

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それに並んで可愛い「フレンステッド・モビール」が揺れている(この辺りが俵屋らしい)。その下には同PHシリーズのフロアライトもある。吹き抜けの壁には鮮やかな棕櫚箒(飾り箒)?魔除けの飾りだろうか。鳥のオブジェも随所に置かれている。見渡せばハンス・J・ウェグナー「ミニベアチェア」、フィン・ユールやオーレ・ワンシャーの「イージーチェア」か、お馴染みエリック・マグヌッセン「チェリックチェア」アーム。
更に綺麗に手入れされた坪庭に向かうカウンター席にあるのは、ニルス・ミューラーの「ダイニングチェア78」・・まさかのモダン「アーネスト・スタディ」がここにもあった。何だか秘密にしていた大切な物を人に取られたような気分(笑)宿泊客だけが知りえた「俵屋旅館」と「アーネスト・スタディ」の世界が、ここ「遊形サロン・ド・テ」ではもっと分かり易く軽やかにアレンジして存在する。店内は女性客で満席、

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一人でも落ち着いて過ごせるところが俵屋らしいホスピタリティを感じる。メニューを見てみると、旅館宿泊客が到着した時に出されるウェルカムアメニティー、人数分しか作らなかったはずの「俵屋特製 本わらび餅」が、ここでは「お抹茶」「和三盆 福俵」と共に頂ける。宿泊時朝食で出される「ヨーグルト」や京都名喫茶「カフェ・リドル」復刻コーヒーまである。う~んもったいない(笑)
せっかくなので「遊形サロン・ド・テ」でしか頂けない「ムース・ショコラ、ポルト酒のジュレ」を注文。私は銀ポットに入った「深煎りーヒー」と、主人は「バニュルス グラン・クリュ キュベ・クリスティアン・レイナル(Banyuls Grand Cru Cuvee Christian Reynal) 1995」とで頂く。旅館で見慣れた器ばかり・・その「ムース・ショコラ」は我が家も購入した天野澄子作「サンゴボール」に入って出てきた。

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彼女は北欧系インテリアを得意とする作家(スウェーデンのウラ・フォーセルに師事)で、俵屋旅館の食事にも多く器やグラスが使われている。その他飾り棚にはビンテージ・ラリックや作家物茶碗、オブジェなど。ここでは俵屋の理念を垣間見る事ができるし、二軒お隣には「ギャラリー遊形」もある。そこでは俵屋宿泊時のアメニティ、有名な俵屋オリジナル石鹸「サヴォン・ド・タワラヤ(Savon de Tawaraya)」や
「シャンプー」「トリートメント」「メンズヘアトニック」、ガーゼで優しい「ボディタオル」、Tロゴ「タオル」、ガーゼの「パジャマ」に「足袋」、かの究極の「マザ-グース布団」まである。ついでに俵屋オリジナル備品類の「アクセサリートレイ」「シエスタ・マット」「ティッシュカバー」「ルームシューズ」「ブランケット」、多種多様の「におい袋」「クッション」、更には「カトラリー」「ココット鍋」「木製コースター」「パンバスケット」・・

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デスク照明やスタンド照明、座椅子に至るまで「T」ロゴ入りのオリジナル。独自のこだわり、ここまでするからこそ統一感があって独特な世界が表現される。和のような洋のような・・細やかながらもシンプル。温かみあって何より心地よい。俵屋のホスピタリティがそのままにじみ出ている。巧妙に計算されたそんな雑貨「俵屋オリジナルグッズ」は、フィン・ユールや
エリック・マグヌッセンのビンテージ北欧家具(「興石(中村外二工務店・家具部)」だろう)や、「カルティエ」の置き時計、「バング&オルフセン」「ヤコブ・イェンセン」の電話とも融合するのだからスゴイ。自宅にも欲しい気分になるのは当然として、贈り物にも喜ばれるので、ゆっくりじっくり一品一品眺めてみる事をお勧めするわ。宿泊された事ない方でも、垣間俵屋を感じる事ができるはず。京都発というか日本発ブランドとして、

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世界に「今の日本文化」を伝えるのにとっても分かり易い。「俵屋旅館」という世界はひとつのサンプルとして確立していると思う。次の12代目、現当主の御子息・佐藤守弘氏はちょうど私達と同世代、今は京都精華大学デザイン学部教授をされているので未来も安心ね。さぁいよいよ7月の京都と言えば日本三大祭りの一つ、千百年余の歴史誇る「京都祇園祭」。
俵屋旅館の7月と言えば玄関に家紋入りの幕がかかって、迎え屏風は豪華金の「洛中洛外図屏風」で「長刀鉾雛形」も立っていて風情もひとしお。館内各所には七夕飾りが美しく彩り、光り差す中坪周りには「七夕飾り(乞功奠)」の設えがキラキラと揺れて涼しげ。宿泊客は梶の葉型の短冊に願い事を書いて笹竹に貼るのが恒例なの。そうだ、笹の焼いた香りに包まれる「鮎笹焼」やふわふわの「鱧」も・・よし今夏もやっぱり京都に行かなくちゃね♪

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