数日前に梅雨入りした福岡。先月から初夏らしく心地よい陽気が続いていたので、一気にじめっとした天気に早くもうんざりする。先週は日も長くなって19時半位までは明るかった・・そうだ梅雨入り前の先週末は、西日に照らされるなか西中洲の「レストラン アレナ(Restaurant Aréna)」に向かったんだった。春吉の交差点を右折した通り沿い、道路向かいで車を降りると、スタッフが店から出迎えてくれる。
見過ごしそうなこじんまりとした入り口に、妻は「どこ?どこ?」ときょろきょろ見渡してサングラスを取る(笑) 中に入ると真っ白で小さな世界・・アイボリー一色に覆われたシンプルモダンなインテリアは、来月でようやく1周年を迎えるとあってまだ綺麗だ。この夜はダイニング手前の、摺りガラスで区切られた半個室を予約しておいた。妻は「バニラクリームの中にいるみたいで落ち着くね♪」と初訪問に興味津々だ。

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デザインカットが印象的な有馬亮シェフは東京出身の34歳。パリではミシュラン2ツ星「パッサージ53(Restaurant Passage 53)」「シュール・ムジュール パール ティエリー・マルクス(Sur Mesure par Thierry Marx)」、ブルゴーニュでは3ツ星「メゾン・ラムロワーズ(Maison Lameloise」、ボルドーはサン=テミリオンで畑作業までしたと言う。通算2年半フランスで修行し、奥様の実家がある福岡で開業した。
この日彼が着ていたコックコートには、ティエリーシェフの「シュール ムジュール」が入っている「マンダリン オリエンタル ホテル パリ」のマークが入っていた。ティエリーシェフと言えば昨年銀座プレイスにレストランとビストロをオープンして話題になった(小泉敦子シェフに任せている)。有馬シェフと、日本好きでお茶目なティエリーの話で盛り上がる。ちなみに大濠公園「レストラン花の木」寺田敏広シェフもティエリー(コルディアン・バージュ時)の元での修行歴あり。

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サン=テミリオンの葡萄畑で働いていただけあり、有馬シェフはワインにも相当のこだわり。テーブルにドンと立ててある分厚い本は何とワインリストであった。ワインが出ない福岡では、悲しいかな我々が通うレストランでもワインリストは簡素化の傾向にある。そういう中で久しぶりに手にとってワクワクするようなゴージャスなリストだ。しかもフランスワインのみとまさに我が家好み。
ちなみに食事のメニューの裏面にはグラスワインも記されているが、シャンパーニュ3種類・白3種・赤4種と合計10種類も用意されている。ワインに詳しくない人も楽しめる工夫に感心する。取りあえず乾杯のシャンパンを開けよう、「ピンクでラブなロゼが飲みたいな~」と言う妻のリクエストに「テタンジェ コント・ド・シャンパーニュ ロゼ(Taittinger Comtes De Champagne Rose) 2005年」をチョイスする。

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シャンパーニュ侯爵チボー4世から冠したテタンジェのプレステージ・シャンパーニュだ。グランクリュのシャルドネ30%とピノ・ノワール70%で、一番搾汁のみ使われピノ・ノワールの15%はロゼ色を出す赤ワインとなる。まだ明るい店内に、夕焼けならぬ美しいオレンジピンクが映える。繊細な泡が静かに立ち上がり、カシス・イチゴ・仄かなスパイス・スミレ・蜜・・バランスよく味わいを纏める。
さて、料理はと言うと10皿構成のメニューデギュスタシオンのみ。その全てが白皿で登場した。基本のフォークやスプーンは「エルキューイ(ERCUIS)」で、ナイフは「フォルジュ・ドゥ・ライヨール ラギュオール・ナイフ(FORGE DE LAGUIOLE)」。まずは一皿目アミューズの「ラムレザン」は、フォワグラのテリーヌをサクサクのアーモンドの生地で挟み込んだもの。ラムレーズンとフランボワーズの2種類のソースでお菓子のように手で頂く。

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添えたアマランサスにもフランボワーズの香りを纏わせた。料理のピンクとロゼシャンパンのピンクが白に浮かんで妻は楽しそうだ。続いての料理は「深緑」。鮮やかなツルムラサキや宮崎産ズッキーニの緑の間に「長崎産ヤリイカ」の白が映える。これも美しくデザインされたプレートだ。とここで気が付いた、店内の白一色のデザインはパリの修行先「パッサージ53」や「シュール ムジュール」がそうだ、
「イカ料理」も「パッサージ53」の影響もあるのだろうか。上からはピスタチオのパウダーを振って、土っぽいニュアンスのアクセントを微かに加えた。ミツバとディルを使ったハーブとズッキーニがかなり青々しい味わいの印象。「パッサージュ53」の凝縮感ではなく、ヤリイカのなまめかしい柔らかさのタッチを「深緑」と言うテーマ通りハーブに包まれながら味わう一皿であった。青っぽさを感じさせる白ワインとマリアージュさせると良さそうだが、

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料理単体ではハーブの印象が強すぎたかもしれない。続いて「アスペルジュ ジョーヌ」はイタリア産アスパラガスの共演だ。ホワイトアスパラガスの上にはペシャメルを振って焦がしたものと、ルッコラの黄色の花を乗せたもの。甘みの強いイタリア産ホワイトアスパラガスに合わせた苦味がうまい。グリーンアスパラガスは食感を残して素材の力を引き出す。ジュとバターで仕上げたソースサフランがアクセントだ。
さて分厚いワインリストから目が離れない。肉は岩手牛のボルドレーズソースということなのでボルドーからチョイスしようか・・目に付いた「シャトー・マルゴー(Château Margaux) 1985年」20万円をチョイスする。基本的に有馬シェフがワイン仕入れ・管理全てをこなす。ラベルの色が妙に薄くなったような印象もあったが、輸入元はサントリーと言う事で信頼しての選択。しかし、ここからが予想だにしない「ワイン珍事件」が始まるのであった(笑)

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抜栓後、状態を確認した水田勇太ソムリエと有馬シェフとの間に何かしら緊張感が漂っている。ソムリエが「少し状態が良くないかもしれないのでご確認頂けますか?」とやって来た。グラスに注がれたそれを一目見て明らかに行き過ぎた茶色、妻の顔が一気に暗くなる。グラスに鼻を近づけると一瞬で顔をしかめるような拒否反応が出る。いわゆるブショネというより、仕入れ前どこかで保存状態が悪くて吹いた感じだろうか。
1985年のボルドーらしい腐葉土、なめし皮といった健全な熟成のブーケでなく、バルサミコ酢を煮詰め過ぎたような酢のニュアンスになっていた。色調も80年代のあのボルドーの、魅惑的に枯れた色合いではなくかなり濁っている。ソムリエも「そうですよね」とさっと申し訳なさそうに下げてくれた。こういう小さいレストランで20万円のワインのブショネ(正確には熱劣化品)は痛いだろうねと妻と同情し、もう少し高いレンジの中から

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「DRC ラ・ターシュ(Domaine de la Romanee-Conti La Tache Grand Cru) 1989年」25万円を再度チョイスする事に(これもサントリー)。しかし何と!運ばれてきたそのボトルの液面もかなり下がっている?!もちろんワインというものは面白いもので、液面が下がっていても、場合によっては多少液漏れしていても状態が良いものもある。しかし透けて見える色調は何となく輝きがなく、先程のボトルと同様に不安が見て取れる。
ソムリエも「これはもしかすると・・」と躊躇。私達もつい先程のデジャブ感に目を疑った(笑)ちょうど半年前に日航ホテルで同「ラ・ターシュ 1989年」を開けていたが、それはまたとても良いコンディションだった。そのボトルと比較すると倍以上の空間がボトルネックに出来ているし、輝きや色も全く違うのでやはりリスキーだろう。さすがにソムリエも「ほぼ原価近い提供なのですが申し訳ありません」と言っているし、私達も2本続けて開けたワインに問題ありとは言いにくい。

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そこでこのボトルを開けるのは諦め、別ヴィンテージの「ラ・ターシュ」を頼む事にした。しかし聞けば「DRC ラ・ターシュ 2012年」38万円まで一気にヴィンテージが飛ぶ・・予定とは全く違う若すぎるヴィンテージにしばし迷うも、今日は古酒にツキなしと言う事でブショネを避けるため、また気の毒なレストランのためにも「今回は仕方ないよね」とその「2012年」を開ける事にした。
それでも妻は「このラターシュが可哀想じゃない?」と気にしている。ブルゴーニュ地方ヴォーヌ・ロマネ村で2000年以上頑なに丁寧な伝統的ワイン造りを続けて来たDRC(ドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティ)社。最高峰「ロマネ・コンティ」の南に位置する第二のワインがこの「ラ・ターシュ」だ。中世時は畑の一部がシトー修道院所有だったそう。1933年に現経営者オベール・ド・ヴィレーヌの家系が買い取った。

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「ロマネ・コンティの腕白な弟」とも呼ばれ、年度による差が余りなく安定した美味しさに定評がある。ピノ・ノワール6.06ha、年間1800ケースが造られている。グラスに注がれたその若いラ・ターシュは濃いルージュ、当然香りは固く立ち上がらない。それでも味わいは綺麗に摘まれた若葡萄の濃縮したエキス分を感じる。「まだワインじゃなくて葡萄ジュースだね、新鮮で美味しい」と妻。
赤い果実と黒い果実タンニンは溶け込みシルキー、それでも余韻に上品な苦味が残る。確かに今宵のような状況でもない限り、ここまで若い「DRC」を開けないので貴重な機会とも思い直して楽しむことにする。そんなまだまだ幼い「ラ・ターシュ」は、十分な酸とミネラルがせめぎ合いながらも調和を取ろうとする。一時間経つ頃には必死に開こうと自ら努力している様だ。アジアンスパイス・動物の皮・葡萄の実がありありと目の前に迫ってくるような味わいを、

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ブショネ談義と共にしみじみ味わった不思議なディナーになった。さて料理の話に戻ろう。次のプレートは「なごり」。脂の乗った長崎県対馬産アカムツを、春菊のピューレと火入れを変えた二種の姫カブと共に頂く。シトロン・ロティとジュのソースのアクセントが、口触りと余韻の爽やかなアクセントになっている。続いて「セロリ コキアージュ」、甘酸っぱいアロマティクな香り味わいを纏わせた冷製の貝類プレートだ。
フランス産青リンゴ・グラニースミスのパウダーを中心に置いた。フェンネルのオイルと根セロリのピューレも添えている。2種類の肉を食す前の冷前菜として、甘さと香りを強調した口直し的な意味もあるのだろう。これも料理単体では少し焦点が緩く、余韻に残る甘さが好みではなかったが、用意されているグラスの白ワイン「ボット・ゲイル アルザス・リースリング」などと合わせると良いのかもしれない。次は「プーレギャルソンヌ」、これは好きなプレートだ。

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フレンチらしい深みと、そして素材の力強さがバランス良い。高知県産の「はちきん地鶏」にしっとりと火を入れて、弾けるような肉質の食感と旨味の後にトリュフソースの余韻が残る。このプレートにもオクサリス、マイクロアニスなどハーブ類を添えた。パンはここで提供される。やや遅めの提供は料理の分量・流れを考えたものだろう。薬院「ザ・ルーツ・ネイバーフッド・ベーカリー」のバゲットは、
バリバリと香ばしく風味豊かで旨味があり、ワインに良く合った。そして次の「ボルドレーズ」は、岩手純情牛をボルドレーズソースでシンプルに頂くプレートだ。弾力ある赤みを残した部位が美味。敢えて残したという筋部分と共にゆっくりと噛み締めて楽しむ。バースニップのピューレやスプリングオニオンが下に敷かれ、アスペルジュ・ソヴァージュやクレソンも添えている。また岩手牛ランプを使った小さな自家製生ハムも添えて、食べ飽きない工夫がされていた。

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コース全体のバランス感覚は良く、少量で軽く食べれるも、食べ進めるうちに程良くお腹に溜まってくる。更に運ばれる「ミモレット」は、エスプーマ状にしたミモレット(オレンジ色ではなく黄色!)を中心に配置し、ソラマメや枝豆を使ったプティガレットと楽しむ。柔らかな食感のミモレットの旨味にヴィネグレットの酸味、豆類の苦味・風味が重なり美味。
チーズを料理として食べさせる手法は「ピエール・ガニェール」などで良く見るものであるが、これも美味しかった。いよいよデザートの「アグリュームラグリューム」、その名の通りオレンジ・キンカン・ブラッドオレンジ・ピンクグレープフルーツなど季節の柑橘を重ねたもの。ミントのゼリーにブラマンジェを潜ませた。更にタイムのアイスクリームにレモンの飴も加えて、軽やかな味わいでコースを和ませる。

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最後は「マリーアントワネット」、そのままマリーアントワネットをイメージしたデザートだ。彼女がオーストラリアから持ち込んだクロワッサンをシェルにして、中には薔薇と苺をテーマにしたクリーム、マンジャリのガナッシュを詰めた。バラのエスプーマは淡い味わいで香りが印象的だ。テンポ良く提供される料理はバランスよく10皿全体での量を良く練られている。
コースの後半はいつも疲れて食せなくなる妻が最後まで無理なく楽しめていた(逆に少し物足りなく思う人もいるかも)。初夏をイメージしてハーブを多用して同じ味わいの流れに整えたのだろう、そのシェフの思想はしっかりと伝わってきた。ただ食べ手としてはどれも似たイメージと言うか、印象がかぶり過ぎるか。盛り付けも皿の余白を美しく利用した現代風で良いのだが、これも一本調子と言うイメージは拭えない。

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どこか一部にもう少し力強さや昇華した旨味なども欲しい、きっとシェフの目指す透明感とは矛盾しないし両立できると思う。どの点においても変化やメリハリがあるとより楽しめそうである。経歴的にもまだまだ伸びしろがありそうな有馬シェフに、一番影響を受けた料理人、または憧れている料理人を聞いてみた。フランス修行先の星付きシェフの名が出るかと思いきや「特にいない」との事。
なるほど、だからどの店のイメージもニュアンスも思い浮かばなかったのだ。有馬シェフは続けて「龍吟の山本征治氏のようにフィロソフィーを大事にしたい」とも言う。つまりはオリジナリティを重視し、新たな世界を意欲的に探求中なのだろう。清潔感あるシンプルモダンな店内・丁寧なサービス・充実したフランスワインリストと、福岡では珍しい我が家好みのレストランではある。苦労すると思うが是非博多に末永く根付いて欲しいものだ。

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ピュアで透明感のあるプレートを目指している有馬シェフの料理を、また次回も美酒と楽しみに伺いたい、正に新緑の季節に相応しい楽しい夜であった。