春めいた日差しのこの日、日帰りで東京へ向かう。仕事の合間に少し時間が空いたので、銀座にて恒例の「男1人鮨」でもしようか。江戸前鮨は「ファーストフード」とは良く言ったものだ。短時間で美味しい物を面倒なく頂けるのは便利であるし、本来の楽しみ方だと思う。晴海通り・三原橋を左折して少し行った所にある、レトロな風情の銀座「御寿司處 ほかけ」は昭和12年開業。昔ながらの伝統を引き継ぎ3代目の矢崎桂氏が50年以上握っている。
白くはためく暖簾をくぐると小綺麗で清潔感のある空間・・手狭な感じが逆に落ち着く。入ってすぐ右には水屋、木曽檜一枚板のカウンター(9席)と奥に小さな小上がり(4人)がある。旧店舗から移築した黒光りするツケ台にはガラスが埋め込まれている。古色然とした屋根も情緒、昭和の名残が何とも言えぬ居心地の良さを作り出す。昼に伺うとゆっくりしてることも多いのだが、この日はご年配常連でほぼ満席だった。

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木曽檜一枚板のカウンターに座る。こちらはお決まりでなはく「お任せ」が基本。さぁ「冷酒」と共に味わっていこう。まずは突き出しの「帆立貝」、微かな旨味。最初の握りは「マコガレイ」、夏場を代表する白身の一つだ。やや歯応えの残る食感の後に温かいシャリの旨味を感じ、最後にマコガレイらしい奥深い旨味が残る。続く江戸前の「コハダ」、大ぶりで肉厚が美しい。更に続いて、口に含むとキレのある「アジ」は、どこか調和の取れた酸味が滲み出る。
その酸味がアジの旨味と混じり合う。次は冷蔵庫から取り出された「赤身」。その後は貝類を頂くことにしよう。まずは「トリガイ」、爽やかな食感からやはり爽やかな旨味が良い。二つ目は「赤貝」、海の風味が磯の香りと共にゆっくり広がる・・聞けば東北・閖上のものと言う。東北の確かな復興を感じつつ頂く。後半は御主人のお勧めも伺いながら握って貰う。「青柳」いわゆる馬鹿貝だ。江戸前では良く食べられていたが、最近では見掛ける店も少なくなった。

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艶のある淡いピンク色が美しい。口に含むと繊細な甘さと旨味がフワッと一瞬広がり、すぐに消えゆく。そんな儚さも良かった。続いて「小鯛」は、きめ細かい身質を噛み締めるとじんわりと旨味が広がる。更に「ハマグリ」は程よいツメと渾然一体となり、シャリとの相性も良い。その後「コハダ」をもう一貫お願いしてから、柔らかな「穴子」を頂く。締めの巻物は「かんぴょう巻き」。
優しくも深みある味わいが最後を彩ってくれる。甘辛い強めのかんぴょうより、これくらいの方が私は好きかもしれない。お弟子さんのシャコの仕込みをチラ見ながら、しばしタイムスリップしたような空間を満喫した。時間にすれば30分ほどだろうか、この日は冷酒1合と合わせて13000円程。御主人を厳しいという人もいるようだが、小野二郎氏の鋼の様な強さに比べると、どこか優しさを感じる。

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しいて言えば、イマドキの若い職人の「接客も重視した鮨屋」に慣れていると、色々あるかもしれないが(笑) この日も注文するとあっという間に御主人が握ってくれ、サラリと本流の江戸前鮨を味わう事ができた。希望通り短時間で満足し店を後にした。そうだ、ついでに違う季節の記録も挙げておこう。まずは晩夏、そして秋、続く冬。これらも仕事合間のお昼に男一人鮨で「お任せ」を所望した。
まずは晩夏。「ホシガレイ」はかりっと締まった身を噛みしめると爽やかで上品な味わいが広がる。「赤身」、そして「中トロ」は大間のものだ。「そろそろ大間や三厩が入り始めましたね」と御主人。中トロはしっとりとした脂がシャリとバランスがとれてなかなか良かった。マグロはこれからの時期どんどん美味しくなってくる、その味の深まりを通じて季節を感じるのも鮨屋ならではの楽しみの一つだろう。しっとりした締め具合の「コハダ」は、余韻にコクのある酢のふくよかな香りが残る。

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握りの形はあまり好みではないが(というか昔ながらのクラシックスタイルというべきか)、それも何とも味わい深い。こちらが食べ終わるのを見るや、機敏に次のネタが握られていく。口に含むとほんのりと暖かいシャリがネタと軽妙に混ざり合う・・安心できる旨さも相変わらずだ。ツケ台のネタがきらきらと輝いて見え、気分も高めてくれる。「アジ」も絶妙な締め具合。「小鯛」は千葉の鴨井のもの。
ふくよかでジューシーでありながら、とても繊細な身が口の中で溶けながらシャリと混じり合っていく。本日最高の握りだったので最後に追加でも頂いたほどだった。「イワシ」は鰯特有の風味を上手に残した一品。例えば唐津「つく田」のそれは綺麗で上品な味わいだが、あえて素材を生かした風味がとても良い。「この時期はまだ貝類が良くなくてね」とご主人。シャコ」はかつてない程の大振りで迫力がある。

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北海道利尻の「ウニ」と「小柱」は軍艦で海苔の風味ととともに頂く。「穴子」は江戸前特有のとろける食感とともに、最後に口の中で残る際だった存在感が独特で旨い。「ツヤツヤに光る色気ある「車海老」と来て、締めには「干瓢巻」を頂いた。御主人は穏やかにいろいろ話して下さって楽しい。現代寿司とは対局にあるが、脈々と引き継がれる江戸前の伝統寿司を心地よく味わえる店だと改めて感じた。
続いて、秋に頂いたお任せに行こう。「シンイカ」はカリッとした歯ごたえの後に、仄かな甘さがゆっくり広がる・・スタートにはぴったりだ。肉厚のある「コハダ」を噛み締めると昔ながらの鮨に感じられる、あの少し強めの酢の風味が染み出す。「マコガレイ」はまずまずの旨み、「アジ」も中庸なまとめ具合だ。続いてご主人が「さてこれはどうですか?」と言わんばかりの顔付きで、黙ってそれを出してきた。

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かなり分厚いが柔らかな脂とともに口の中でほどけ溶けていく。それの可憐でありながらふくよな存在感に、思わず「美味しいですね!」と口に出すと、「良いでしょう?!サンマなんですよ」とにこやかにご主人。「コアジ」「イワシ」と続いて終盤はマグロ。大間の「赤身」「中トロ」を頂く。まだ薄い脂で大間らしい片鱗はないものの、お昼に軽く頂く鮪としては、その爽やかさがかえって満足。「タイラガイ」はとてつもなく大きい。
軽く歯を立てると自然にほぐれて小ブロックに分かれていく感じ。余韻には穏やかな波のように海の微かな風味が残る。「シンイカゲソ」で新いかの余韻を楽しみ、「アナゴ」は柔らかく昔ながらの江戸前らしい1品。「玉」はほのかな甘さでデザートのよう。本日特に良かった「サンマ」、そして「コハダ」を追加し、最後は「かんぴょう巻き」で締める。「海老」などがなく少し偏りのあるラインナップだったがそれもまた楽しかった。

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「現代鮨の最先端」をいくネタ・シャリではないが、昔ながらの寿司を食したい時にはふと頭に浮かぶ江戸前鮨屋の1つ。「鮨とは食べ手を食べるもの」という格言には、握り手が黙々と握り続けて来た時から滲み出る「人間としての包容力」も含まれるのだろう、そんなことを感じさせる鮨屋である。今回も慌ただしい喧騒から離れた、独特の風雅なひと時を過ごすことができた。
さて最後は冬。ようやく肌寒くなったこの日、青い暖簾がはためく「ほかけ」に入る。「お好きなものをどうぞ」とご主人。お好みで自由に注文する様に誘導してくれる。現在は寿司屋の都合でコースが決まっている店が大半だ。しかし寿司本来の楽しみは「お好み」で旬だったり、好きなネタを自由きままに食べることだろう。このあたりにも時代に流されない「ほかけ」の矜持を感じる。まずは白身から「ヒラメ」、そして「アジ」「赤身」を頂く。

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昔の寿司ってこうだったよな・・と言うほのぼのした味わいが続く。「赤貝」は閖上のもの。磯の香りがシャリと共に一気に広がる。三重桑名の「ハマグリ」は滑らかな身と濃厚なツメのコントラストを楽しむ。そして「ほかけ」といえば光物だ。江戸前の「サバ」はクリーミーな脂が確かな存在感とともに流れ出す。「イワシ」はイノシン酸の塊のような脂がシャリと渾然一体になる。
「コハダ」は柔らかな旨味と酢が穏やかに広がる。1人没頭して食べていると、優しい目のご主人が笑顔で「今日はシャコも良いですよ」と勧めてくれる。産卵が終わったものの、ふくよかでしっとりと柔らかなシャコの身を愛おしむように頂いた。かなり満足してきたところで、甘さ控えめで薄く焼き上げた「玉」をツマミで頂きながら、最後に巻物を頂こう。干瓢の存在感のある味わいが、パリッとした海苔、しっとりしたシャリと混じり合い、食後の余韻をまとめてくれた。

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ご高齢ではあるが今でもご自分で自転車を15分こいで築地まで仕入れに通っていると言うご主人。「築地が移転したら橋を三つ越えないといけなくなるから、かなり遠くなりますよ」と笑う。いつまでもお元気に昔ながらの江戸前鮨を提供して欲しいものだ。シャリだ、ツマミだ、ネタとのバランスだ・・そんな難しい事は言わず、昔の寿司屋はこんな感じだっただろうな・・そんな気持ちにさせる昔ながらの雰囲気。
デートや鮨慣れない人がいきなり使う店ではないが、ある程度分かった人がサラリと使うには良いかもしれない。30分の男一人鮨ランチ、この日も心穏やかな気分で店を出た。