真冬らしいとても寒い日、銀座・数寄屋橋交差点近く、地下鉄「銀座駅」入口を階段で地下に降りていく・・久しぶりに鮨「すきやばし次郎」本店を訪問した。以前は場違いな雰囲気でポツリと「すきやばし次郎」が佇んでいた印象だったが、米国ドキュメンタリー映画「二郎は鮨の夢を見る」の公開、オバマ大統領の訪問、ヒュー・ジャックマンが度々訪れるお気に入り店と言う事もあり、すっかり世界的観光地化している。
立派な木の看板と暖簾、引き戸を開けると小さな蹲踞には早春らしい花が活けられている。奥にはこじんまりとしたL字型のカウンターが左にある(六本木店は右)。席に着いてまずは日本酒の燗を所望すると、小鉢をさっと出してくれる。1杯目を飲み干す間もなく「始めてよろしいですか?」と20貫の握りが早速スタート。

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鮨屋にしては珍しく一人ずつ持ち帰れる、ローマ字表記のメニューが置かれている。これも「海外の客」などを意識してだろう。スタートは「平目」から。柔らかくも存在感を感じる絶妙な噛み心地。逆に「スミイカ」はネットリと溶けていくよう。平目とのコントラストも楽しい。スミイカ特有の甘みがシャリとともにほぐれながら広がっていく。そして「ブリ」の後には「マグロ」が3貫続く。
「赤身」のほのかな酸味が何とも美しい。妻は脂身のバランスの良かった「中トロ」を一番気に入ったようだ。大トロ」は口に入れるやあっという間に溶けてなくなる、その脂とシャリの渾然一体となった美味さにうなる。「コハダ」は厚みある身から強めの酢がジュワッとしみ出て、フレンチのソースのようにシャリと混じり合う。

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艶やかな赤色を帯びた「赤貝」は、その色気ある身をゆっくりと噛みしめると、綺麗な海の香りがじんわりと広がる。続く「赤貝のヒモ」からは、より強い磯の香りがパッと漂う。そしてしっとりした脂の「アジ」から「車海老」へ。海老ミソを挟み2つに割って供せられる。相変わらず「次郎」ならではの大きさと身の旨み・甲殻類の甘みを楽しむ。大きな「ハマグリ」は、口の中で歯を立てるとこぎみよく切れていく。
煮ツメとのバランスも良くコクと深みのある握りだ。「タコ」は仕込みが面倒なせいもあるのか、最近の寿司屋では出さないところが増えている。「次郎」の蛸はその人肌の温度が絶妙で、清らかな香りがほのかに漂う。噛みしめるほどに甘いエキス分も染み出してきて、車海老以上に良かった。横の席のご年配の女性が「私の歯では蛸は・・」と遠慮しようとすると、「他の鮨屋とは違いますから食べてみてください」と強く勧めていた。

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恐る恐る蛸を頬張ると一瞬にして満面笑顔になっていた。タコ嫌いだったジョエル・ロブション(Joel Robuchon)氏も気に入った一品ということだ。ちなみにロブションは来日の度に必ずと言ってよいほど次郎を訪れている。そう言えば六本木「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」を訪問した際、偶然二郎氏が美味しそうにフレンチを食べている機会に隣り合わせた事もあった。
ネットリした食感でシャリと一体となる「サヨリ」、そしてクリーミーな「雲丹」、「小柱」の軍艦と続く。雲丹の濃厚な甘さ・小柱のほのかな甘みが、備長炭で炙って引き立てた海苔の香りとそれぞれハーモニーを奏でる。「イクラ」はつやつやと美しく、溶けた後に上品な甘さを感じる。ほぐれて口の中で消えていく、いかにも江戸前という感じの「穴子」。そして最後はデザートのようにふんわり甘い「玉」で締めくくられた。

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20貫食べ終わり、時計を見るとちょうど30分(笑)、メニュー表の後ろに印字されている「握られて出来て食いつく鮨の飯」という江戸川柳の通りである。食べ終わるとカウンター横の小さなテーブルに通されメロンが出される。この夜は長男・小野禎一氏が握ってくれたが、その数か月後の昼には、巨匠・小野二郎氏を独占すると言う機会に恵まれた。
11時30分の開店と同時に妻と入店する。驚いた事に次の客は少し遅めの来店と言う話で2人で貸し切り状態になった。二郎氏にマンツーマンで握って頂ける展開に、妻がキャーキャー言っている(笑) 嬉しすぎる妻が「写真撮らせて頂いてもよろしいですか?」と二郎氏に問うと、「僕じゃなくてお寿司を撮ってあげてよ~」と少しはにかむ様子が印象的だった。

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同じネタでもやはり握り手で微妙に違いがある。貞一氏よりも柔らかくふんわりとしているが、確かに口の中でのキレがある。少なめのシャリが上質のネタとともにあっという間に口の中から消えたかと思うと、繊細な甘みが余韻に残る。「赤身」「中トロ」「大トロ」とマグロ尽くしに続いて「コハダ」。じゅんわりと酢がしみでてきて、余韻にはほんのかすかな点のような苦み、そのまわりに旨味が円を描くように広がる。
この時一番良かったのが「蒸し鮑」。ミルクのようなふわっとした香気が広がる。そのクリーミーで上品な海の香りに妻も「こんな鮑は初体験だわ♪」とつぶやく。鰺のイメージを越えた「アジ」。やや冷やし気味の身に軽く歯を立てると、いくつかのブロックにほどけ、そして溶けていく。余韻に残る風味は確かにアジなのだが、とても洗練されている。

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「赤貝」、そして「イワシ」。これもイワシらしからぬ綺麗な味わい。イワシの身の奥にある旨味のエッセンスだけを抽出したかのような独特の味わい。余韻の残り香も印象的だ。そしてドーンと「すきやばし次郎」スペシャリテの一つ「車海老」。甲殻類の風味を感じつつ、弾力がありながら噛み締めがいのある身を口一杯にほうばって味わう。燻した香りがすばらしい「カツオ」も印象に残る。
くどいわけではないが、しっかりと口の中から鼻に確実な存在感とともに抜けていく。余韻がとてつもなく長い。「ハマグリ」は見た目は厚みがないが、口のなかで抜群の存在感を見せてくる。トロリとしながらも決してクドクない甘めの煮詰めが、蛤の旨みと何とも言えないハーモニーを引き出す。二郎氏はこちらの顔つきをちらりと見ながら、その食べるペースに合わせて握ってくれる。

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そのうち「あうんの呼吸」のように同じペースで時間が流れていく。「味が一個一個明確に違ってネタが引き立っているから、コース料理を食べてるみたいだわ」と妻もご満悦の様子だ。ここで「サバ」が登場。締め具合もよくこれもあっという間に消えていく。口元が自然に洗われる感じ。そして「次郎本店」恒例の軍艦巻3連発だ。たっぷりこんもり盛られた「雲丹」は口のなかでソースのようにシャリと混じりあう。
「コバシラ」「イクラ」は初めにぽーんとシャリの塩気を感じる。そこにそれぞれネタの特徴(コバシラのシャキシャキ感、イクラのねっとりした甘感)が海苔の風味と混じり合う。「アナゴ」もツメの程よい甘さとともに渾然一体となる。一通り終わって一息ついた頃、二郎氏とロブション氏の話になる。

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日仏を代表するミシュラン3ツ星シェフが毎回どのような交流をしているのか興味をそそる。握り自体は、昼は夜よりも若干シャリを少なくしているのかもしれない。夜よりもスルスルと頂けた。また感心したのはシャリの大きさの微妙な変化。ネタの大きさ・食感に会わせて微調整しているようだ。口の中にとどまる時間はそれぞれ異なるのだが、ネタとシャリが一体となって消えていく残像は一緒なのである。
二郎氏の握り方は昔ほど超早ではなくなり、ゆっくりとしかし確実な所作を刻んでいる。長男・禎一氏がじっと握る手元を見つめているのも印象的だった。長年一緒に過ごした親子であっても永遠に師匠ということなのだろう。シャリの味わいはまろやかな酸味がたっていた。凝縮した旨み、煮詰めのトロリとした甘さ、上質なネタの味わいをカバーするにはこれ位の酸味があるからこそ、大きなバランスが取れるのだろう。

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シャリのほどけ具合でいうと、二郎氏の握りは気が付くと(いつの間にか)ネタと混じり合っている感じだ。ほどけるのでもなく、はじけるのでもない。しっとりでもなく、ねっとりでもない。ネタと渾然一体となったそれは「完成した料理」というべきなのかもしれない。最後はテーブル席に移り、いつものデザート「メロン」を頂く。
壁に埋め込まれたショーケースには立派な白磁、これは有田焼人間国宝・井上萬二氏のご子息、井上康徳氏の作品だそうだ。気がつくと12時を過ぎ、次々に客が入りカウンターは盛況を呈している。小野二郎氏は黙々と変わらず目の前の客に向き合い握り続けている。30分に凝縮された濃密で贅沢な時を過ごした満足感に包まれつつ、「すきや橋次郎 本店」を後にした。

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とにかく上質さから来る「ネタの綺麗な存在感」は群を抜いている。ただ値段からしたら当然とも言え、他の寿司屋と単純に比較するのは意味がないかもしれない。シャリはハラリとはらける感じではなく、ジワリとネタと渾然一体になる感じ。粘りもかなり感じるが、空気の入りが良いのか全体的にはいい塩梅で絡み合う。
丁寧な仕事で引き出された上質のネタの「食感」と「自然の甘み」、シャリの「柔らかな触感」と「穏やかな酢と塩加減」、煮キリで感じる「ほのかな醤油の風味」、煮ツメの「繊細でしっとりした旨み」、時々ツンと感じるワサビの「刺激」。これらの味覚・感覚を微妙に絡み合わせた、「計算し尽くされた握り」といえるだろう。

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やや緩めのシャリに妻は「デザートみたい・・口の中でふんわり広がる♪」「お箸で大丈夫なのに、口に入れると柔らかく崩れるから食べやすいわ」と満足だったようだ。一方「短時間でひたすら20個食べるのは、やっぱりデートには向かないわね」と一言付け加えるのを忘れなかった。30分1人3万円、まさに食べ手の「価値観」が問われる、寿司屋を越えた「すきやばし次郎」という名の寿司屋である。