今年2月に発表された「ミシュランガイド 2016」フランス版。パリで新たに日本人オーナーシェフ3店が1ツ星を獲得した事でも話題になった。フランスで評価される日本人シェフが年々増えているのは喜ばしい事だ(現在日本人シェフの星付きレストランは計24店)。その新3店のうちパリ左岸7区にあるのが「レストラン ナカタニ(Restaurant Nakatani)」。
7区と言えばエッフェル塔や多くの政府行政機関が並び、サン・ジェルマン・デ・プレにも繋がる高級トレンドエリアだ。そして中谷慎祐シェフの店は「ル・ボン・マルシェ」やロダン美術館に程近い裏路地。元々「Grannie Chez Naoto(北村直人)」だった場所で、同通りにはパリ1ツ星日本料理店「あい田(AIDA paris)」もある。

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「レストラン ナカタニ」は建築家・大蔵哲也氏がインテリアデザインを手掛け、壁や梁など朴訥な白で覆われたナチュラルな空間造りになっている(16席)。中谷シェフは2001年にフランスに渡り、数年間いくつかの地方のレストランで研鑽を積んだ後、パリ6区「エレーヌ・ダローズ(Helene Darroze)に9年間勤務。2011年からは料理長も務めた。
ちなみに「エレーヌ・ダローズ」は2003年にパリで2ツ星を獲得したレストラン(現在は1ツ星)。
ロンドン店(Helene Darroze at the Connaught)は2ツ星、モスクワ店も展開するなど女性シェフのトップランナーとして活躍。「世界のベストレストラン50(The World’s 50 Best Restaurants)」では世界最優秀女性シェフにも選ばれている。

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エレーヌシェフから信頼の厚かった中谷シェフが満を持して2014年9月に独立。今年は1ツ星を獲得したばかりで、まさに旬のレストランだ。そんな中谷シェフを招聘した日本初のフェアが、ホテル日航福岡「レ・セレブリテ(Les Celebrites)」で3日間行われると連絡が入った時は、すぐに予約を入れた。パリからわざわざ地元博多に来てくれるのだから当然だろう。
猛暑が続き8月後半になっても暑すぎる今年の福岡、日航福岡のホテルロビーは夏休みらしく家族連れも多い。2階奥メインダイニグのフレンチレストラン「レ・セレブリテ」は、南国バカンス風の内装が明るく華やか。いつものスタッフ達が笑顔で出迎えいつもの席に案内してくれる。テーブルには今回の特別メニューと「レストラン ナカタニ」のショップカードが置いてある。3日間昼夜満席なのだそうだ。

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 さぁまずは乾杯、キュッと喉を潤していこう。ワインリストを眺め妻の意見も聞きながらチョイスしたのは「アンリ・ジロー アイ・グラン・クリュ ブラン・ド・ブラン(HENRI GIRAUD Grand Cru d’Ay Blanc de Blancs) 2004年」。ご存知イギリスやモナコ王室ご用達の「アンリ・ジロー」、アイ村で1625年から400年近く続く老舗シャンパーニュ・メゾンだ。
このブラン・ド・ブランはアイ村グラン・クリュのシャルドネ100%。アルゴンヌの森の2種の土壌の樫樽にて12ヶ月熟成後、8年の瓶内熟成。「2004年」は「1990年」「2002年」に続いて3ヴィンテージめ、生産はわずか2000本だ。クリアボトルに揺れる美しい黄金の泡、グラスに注がれると甘露飴・黄モモ・オレンジのコンポート・・

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酒質に自然と溶け込んだ樽香とピュアな果実味の織りなすバランスが実に精妙。繊細でいて力強さもあり、妻も思わず「美味しいわね~♪」と満足そう。思えば昨年東京・芝公園「レストラン クレッセント」で「2002年」を、福岡・大濠公園「レストラン 花の木」で同「2004年」を開けていた。なるほど上品上質なレストランに似合う味わいだ。
そこへ運ばれて来たのは「パンのチュイール」と「タピオカチップス」、レンズ豆に刺さっている。パン生地を薄く伸ばしたチュイルには、黒オリーブのピューレとタイムを練り込んだ。薄いながらもパリリと歯切れ良い。タピオカチップスは口溶け良く軽やかに磯の風味が残る。茹でたタピオカにあおさ海苔を混ぜ、一旦オーブンで乾燥させた後に揚げたもの。既に味わいの楽しいコントラストに引き込まれる。

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続いて登場したのが中谷シェフ定番の「野菜のコンソメ」。とてもクリアで、ふんわり甘い香りが立ち上がる。カブ・セロリ・人参・トマネギ・トマトと5種類の野菜で丁寧に取ったコンソメだ。添えたスプーンには畑のキャビアと言われる「とんぶり」が乗せられ、プチプチの食感や苦みもアクセントで良かった。凝縮感ありながら軽やかなホッとする味わい。
甘さに続いてレギュームらしい風味、そして酸味のキレが続く。野菜だけの繊細さと程よい濃縮感の調和するコンソメだった。次は涼やかなガラスの小鉢に入った「桃 隠元豆 マスタード」がやって来た。フレッシュの桃にマスタード風味のエスプーマをかぶせた。塩気と甘さがバランスを取る。インゲン豆の触感・風味に続き、タイ料理などで使わるホーリーバジルやバジルの花が余韻に広がり、エキゾチックで面白い仕上りだ。

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なるほどパリでウケルのが分かるような味わい。このガラスの器もそうだが、中谷シェフが各料理のイメージに合うものを探し、ホテル内の他レストランからも色々集めたとの事。パリのレストランでも、佐賀・唐津焼「中里隆」の中里花子氏の作品(monohanako)を使っている中谷シェフらしいこだわりと言ったところだろう。続いて運ばれたのは「キャヴィア 烏賊 セロリ ミカン」。
蜜柑を煮詰めたジュースでグラッセしたミカン。オシェトラ・キャビアの塩気と好相性だ。ミカンジュースを煮詰めたソースも敷いてあり、掛けられた「ギリシャのオリーブオイル」を合わせるとマリネのような雰囲気を醸し出していく。烏賊はバーナーで表面を炙って甘みを引き出した。そんな烏賊の海の甘さ・旨味に、蜜柑の甘みや酸味を持ってくる所が面白い。

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 烏賊と言えばやはりパリ2ツ星の「パッサージュ53」佐藤伸一シェフを思い出すし、先日の「オーグードゥジュール・メルヴェイユ博多」小岸明寛シェフの烏賊も美味しかった。今回のプレートも爽やかな味わいで「アンリ・ジロー」にも合い、妻も気に入っていた。次はハーブの香り豊かなプレートが運ばれた。
ヴェルヴェーヌの葉が敷かれた「オマール海老 アンディーブ ヴェルヴェーヌ」だ。美しい緑色のヴェルヴェーヌクリームで覆われいるのはオマール海老。オレンジの果汁と真空調理したアンディーブが潜んでいる(層になっている)。さらにオマール海老のジュレには生姜風味を纏わせている。頂くうちに各層が渾然一体となり、生姜とヴェルヴェーヌの風味が混ざり調和する。

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ローストしたナッツの食感、のこぎり草のニッキのようなアクセントも加えつつ、面白く美味しい一皿だ。我が家で生ハーブティーを飲む時はヴェルヴェーヌが定番なので、こう言ったアレンジした味わいにも感心した。さてこのあたりで赤ワインも頂こう。選んだのは「ドーヴネ マジ・シャンベルタン(Domaine d`Auvenay Mazis Chambertin)1995年」。
「熟成したブルゴーニュが飲みたい」と持光支配人に伝えると「一本だけ残っていました」とセラーから探してくれたのだった。実は数年前「ホテル日航福岡開業20年記念」イベント時にも同じ物を開けているので熟成の進み具合も楽しみ。ロマネ・コンティの共同経営者を経て、マダムとして「ドメーヌ・ルロワ(Domaine Leroy)」の陣頭指揮を行なうラルー・ビーズ=ルロワ。「ドメーヌ・ドーヴネ」はそのマダムルロワが1988年から個人所有する。

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ラベルにはマダムが住むサン・ロマンの自宅が描かれている。これはなかなか市場に出ていない貴重な1本と言う訳だ。グラスに注がれると揺れる薄い赤茶色、濁りなくクリアな色調が煌めく。鰹出汁(旨味)・腐葉土・アジア的な横に伸びるスパイス・・動物の毛的なニュアンスも奥にあるが穏やかでバランスが良い。澄み切った味わいから、ふくよな旨味も時間と共に出てきた。
もう既に熟成の後半の階段に進んでいたが、まだ中心には微かながらも確かな果実味が残ってるので美味しく飲める。細く伸びる余韻は流麗で、濾過したような滑らかさだ。繊細ながら意思の感じられる丸い味わいに魅了された。後半は小梅的なチャーミングな酸味も顔を出し始める。いつもながらワインは一期一会だなとしみじみ思う、熟成したブルゴーニュの奥深さに満足した一本となった。

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そんな中「茸形のパン」が運ばれた。バターではなくグレープシードオイルを混ぜたと言うパンは、しっとりとオイリーな食感に不思議な茸の様な?風味も感じる。キノコ型になっているのでこの香りに由来するのかと聞くと「全く関係はない」との事(笑) ちなみにパリのレストランでは茸が立った状態で供せられるのだが、シリコンパッドの形状違いで今回は横にしての登場となった。
次は美しく繊細な「フォアグラ 赤ピーマン すもも 赤玉葱」。ピンク系の華やかな出で立ちには妻も思わず「カワイイ綺麗~♪」。フォアグラのテリーヌとパプリカの相性を追求した一皿だ。フォワグラテリーヌにパプリカのピューレを添えつつ、更にトマトとオニオンを加えたパプリカの出汁をかけてネットリした触感を引き出した。甘酸っぱく香る生のスモモや、赤ワインビネガーでマリネした赤玉葱も添えている。

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グラニュー糖と塩で塩もみした紫大根は、苦味と食感が漬物のようなアクセントになる。「繊細でいて複雑な、いかにもフレンチらしい作りよね」と妻も気に入っていた。そうそう、今回の食材は中谷シェフ自らわざわざ糸島の契約農家まで足を運び、一つ一つ吟味して素材を選んだそうだ。魚は「アラ アイスバーグレタス 卵 香草」がやって来た。
しっとりと火を入れた肉厚かつ大ぶりのアラ(クエ)が虹色に輝き、アラ好きの妻も「九州ならではの豪華さでしょ?!」と何故かドヤ顔(笑) アラを包み込むように纏わせたアイスバーグレタスはシャキシャキとした歯触りで、青い香りと共に塩気も補う。タルタルソース風の半熟卵にはシブレットやディルをたっぷりと入れてオイルで繋いだ。セルバチコのギュと強い苦味が味わいにエッジを加え印象に蓋をする。

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アラの旨味を引き立てる脇役達も的確に配置されていた。続いて「天草大王 蕪 ローズマリー」が運ばれた。天草大王は熊本を代表する地鶏だ。柔らかな火入れで、弾力に富む噛み応えある胸肉を活かして仕上げている。パリッとした皮目がまた美味しい。テーブルで注がれたソースは、天草大王ガラのコンソメに牛テールのエキスを加え、ローズマリーを落としこんだもの。
トロミの中に塩気が活きていてこれまた良かった。蕪の葉は茹で、切り離した身の部分はバターで肉のように仕上げている。付け加えたマジョラムの甘く上品な香りも上手い。繊細ながら複雑に構築した味わいに魅了されたプレートだった。さてメインの肉は「佐賀産牛 じゃがいも 茸 クレソン」。苦みを添えるクレソンのピューレのデザインが目をひく。

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細やかに表面に切れ目を入れた佐賀産牛フィレ肉、お任せの焼き具合はかなりレアに見えるが、しっとり十分に熱が浸透している。振られた粗塩もポイント。肉のジュにオニオンのピューレと白ワインビネガーを加えて酸味を効かせたソースで、最後まで飽きずに食せた。面白かったのが付け合わせのジャガイモ。一度薄く桂剥きにした上、バターを塗って筒状に形成してオーブンで表面を焼いたものだ。
ジャガイモのパリッとした食感と風味が何とも美味なアクセント。京都出身の中谷シェフらしい一仕事だろう。ここでお腹的にもかなり充実する。こういったフェアだと食べ足りないと思う事も実は少なくないが、今回のはきっちりとメニュー構成してあり質・量の満足度もかなり高い。この後デセールはゆっくりと開いたワインと共に3種類を楽しもう。

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まずは「シャーベット メロン ディル」がやってきた。黄色果肉のメロンシャーベットに、緑色の果肉のソースをかけて艶かしいタッチに仕上げた。加えたディルによるエッジの効いた爽やかさの余韻もテクニックだ。2品目は「ローリエのパンナコッタ シャインマスカット アーモンド」、生クリームにローリエの香りを移して作ったパンナコッタ。
上にはシャインマスカットが載せられ、シャインマスカットのソースも流されるほか、レモンタイムのエスプーマやアーモンドにブルーベリーも添えている。残して置いた「アンリ・ジロー」と共に、さっぱり夏らしく爽やかに食せた。3品目は和皿に乗せられた小さな球体の「ショコラ レモン」。チョコレートのムースを凍らせた中には、何と小さなキュウリが入っていた!

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下にはレモンとディルのソースが敷いてある。食後の余韻を増幅するようにグッと濃厚ながら爽やか。小さいながらもコースを締めくくるにぴったりのスイーツであった。繊細ながらも単調でなく、食材の組み合わせや仕上げに精緻な複雑さ。主素材を中心に置きつつも、野菜の苦味やハーブをとても上手く生かしてる。プレート数も多く、変化に富んでいて食べ応えもあった。
シャンパーニュやブルゴーニュワインと寄り添うような味わい(パリのレストランのワインリストもなかなか興味深い)と言える。「とにかく食べやすさを大事にしています」と言う中谷シェフの言葉通り、食べ手の感覚をつぶさに意識した思いやりある繊細かつ巧妙な料理。とても丁寧な仕事を通じてフランスにおける日本人シェフの利点(職人肌)、そして今回のフェアに対する中谷シェフ本気度が伝わってくる満足のディナーであった。

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