The World’s 50 Best Restaurants、それは2002年ロンドンで開始した「サンペリグリノ」主催のランキングであるが、最近では思ったより社会的影響力が出て来た。そのためフランスは「世界のトップ1000レストラン ラ・リスト(La Liste)」を創設するなど対抗する動きもある。斬新さ重視・社交重視(結果的に)という印象のベストレストランとは言え、消費者からすると選択の物差しが増えることは良い事だ。
口コミサイトが人気の日本だが、我が家的には口コミは「食経験値」「ジャンルの好みと深さ」「ワインの趣向」が合わないと結局は役に立たない。その意味で一定の物差しによるランキングやガイドのほうが参考になる。「物差し」の不完全さや偏りは永遠に残るにせよ、そこを補うのは消費者としての主体性、意思に基づく選択だろう。

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ちなみに「世界のベストレストラン」は、海外からの客(海外のレストラン)に向けたものであり、日本人が日本のレストランを選ぶ際にはほとんど意味がない(大体既に名の売れた店か、海外社交で票をもらった店だけだから)。6月に発表された2016年の「世界のベストレストラン」では、イタリア北部エミリアロマーニャ州モデナにある「オステリア・フランチェスカーナ(Osteria Francescana)」が初の世界一に輝いた。
昨年のランキングでは2位だったので、昨年1位だったスペイン「エル・セレール・デ・カン・ロカ」と入れ替わった事になる。ニューヨークで行われた授賞式で「オステリア・フランチェスカーナ」のオーナーシェフであるマッシモ・ボットゥーラ(Massimo Bottura)氏は、「私たちの仕事はただ懸命に働くこと、働くことに尽きる。毎日キッチンで働いて成功するのだ」と感極まってスピーチしたそうだ。

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1位が発表されたその翌月、なんとそのマッシモ・ボットゥーラ氏が来日しフェアが行われると言うことで、我が家も当然駆けつける事にした。場所は「ザ・リッツ・カールトン京都」、メインダイニングであるイタリアン「ラ・ロカンダ(La Locanda)」で3日間だ。マッシモ・ボットゥーラ氏と言えば伝統的イタリア料理に斬新な発想を取り入れた料理(ミシュランでも3ツ星)。
彼を含めたスタッフ4名で来日し、食材やソースなどもかなり持ち込んでいるとの事。思えば昨年は、2014年1位のデンマーク・コペンハーゲン「ノーマ(noma)」のレネ・レゼピ(Rene Redzepi)シェフとスタッフ全員が一時移動して、約1ヶ月間限定の「ノーマ・ジャパン(noma mandarin oriental hotel Tokyo)」をオープンした。

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我が家も伺って色々と刺激を受けた。まぁそれ程大掛かりではないにしろ、世界1になった直後のイベントと言う事で彼らも気合が入っているのではないか?と勝手に期待も膨らむ(笑) 日も落ちて来た頃、同ホテル内宿泊部屋から「ラ・ロカンダ」に向かう。レストランの入口ではまずはナプキンを渡される。
良い香りがするなぁと思っていると、それにモデナの「36ヶ月熟成パルミジャーノ・レッジャーノ」を一欠片乗せらる。更に加えてボットゥーラ氏提供の45年ものの「アチェト バルサミコ ヴィラ マナドーリ」がかけられた。何とまずはその場で立って頂く?!凝縮した旨味を口の中に感じながら、その余韻と共に席へと通されるという趣向なのだ。妻は「こぼしそうと・・汚れる・・」となかなか口へ運びにくい様子(笑)

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私達が案内してもらったテーブルは中庭の向こう側に回った、個室的扱いの明るく豪華なダイニングだ。まずはグラスシャンパーニュで乾杯しよう。部屋でアフタヌーン・シャンパンとして「クリュッグ グラン・キュベ(KRUG Grand Cuvee Brut)」を飲んでいたので、今度は甘く軽やかな「ペリエ・ジュエ ベル・エポック(Perrier JouetCuve Belle Epoque Blanc) 2004年」をお願いする。
ボトルの「エミール・ガレの描いたアネモネ」が中庭の景色と合う。シャルドネ55%、ピノ・ノワール40%、ピノ・ムニエ5%。洋梨などのフルーティで豊かな果実味。前回飲んだ時よりかなり落ち着きを見せて統合されてきた。テーブルに置かれたメニューはボットゥーラ氏の手書きアート、色彩豊かな優しい水彩画に妻も嬉しそうだ。そこへ運ばれた最初のプレートは「メディタレニアン」。

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キュウリの香りが微かに流れ出す・・美しいグリーンが印象的だ。ボットゥーラシェフの好きな映画「メディタレニアン」にインスピレーションを受けたと言う。ギリシャに戦いに赴いたイタリア軍の、第二次大戦をテーマにした映画だそう。ギリシャでの生活を満喫するが最後は郷土愛にかられる・・「国」ではなく「故郷」が大好きなイタリア人のアイデンティティを表現したと言う訳だ。
エーゲ海をイメージしたセロリのスープ、そこに浮かぶラビオリはギリシャ特産胡瓜で形作られ、中にはモデナ特産ウナギ(燻製)が潜んでいる。点在する白いヨーグルトがまろやかにまとめ、振られたボッタルガがマイルドな塩気を補う。ギリシャをイメージした素材・色調をベースにしつつ、核にはモデナのウナギが鎮座する。仄かな酸味が効いた立体的な味わい。

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視覚的にも味覚的にも調和して涼しげな前菜であった。続に運ばれたのは「舌平目のホイル焼き?ムニエル?または塩漬け?」と名付けられたプレート。「アル・カルトッチョ」「ソット・サーレ」「アッラ・ムナイア」と言うイタリア伝統の三種の調理法が協演する一皿だ。アル・カルトッチョとは紙包み焼き(ホイル焼き)の事。
紙を破って食べ終えた後の乱雑な状態を、海水フィルムを使って表現した。「綺麗なだけで美味しくない料理も多いだろう?一見ゴミのように見えるものの中にも美味しいものがあるんだよ」とボットゥーラシェフ。そんなデザインに傾きがちな現代の料理に対するアンテチーゼ、そして味に対する自信が滲み出た料理と言えそうだ。確かに「舌平目のフィレ」がそれ自体何とも美味な仕上がり。

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更に下に添えたヴェスヴィオ産チェリートマト、ケッパー、タジャスカ種オリーブによる複雑な変化と共に最後まで飽きずに、そして一気に楽しめた。
と言う訳で、料理の完成度に合わせてグラスの白ワインを急きょ所望する。ソムリエがサッと出してくれたのは、深い海の様なブルーのラベルが美しい「ガヤ カ・マルカンダ ヴィスタマーレ(Gaja Ca’marcanda Vistamare ) 2014年」。
トスカーナ・ボルゲリの海岸沿い、アンジェロ・ガヤが長年の苦肉の交渉をしてやっと手に入れた「カ・マルカンダ(果てしない交渉)」。太陽・青い海・青い空のイメージから作り出した白だ。ヴェルメンティーノ60%、ヴィオニエ40%。オーシャンビューという名前通りに、はっきりと塩気を感じる豊かなミネラルの味わい。妻も目を見張る程この「舌平目」にぴったりだった。

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レモンの皮の様な苦みとハーブ香の爽やかさも季節らしくて気に入った。ヴィオニエは樽発酵させており、その心地よい樽香も料理に含まれていた「砂糖漬けレモンのエマルジョン」と良く合った。納得しながら白ワインを味わううちに次の料理がやって来る。ニューヨークでボットゥーラシェフが行ったフェアの際に提供したと言う「オータム・イン・ニューヨーク」。ビリー・ホリデーの同名曲へのトリビュートだ。
ニューヨークがビッグアップルと言われる事からリンゴの形になっている。それを夏の京野菜でアレンジし、いわば「サマー・イン・キョート」として作り上げた。テーブルで注がれるスープはトマト、バジルのコンソメに白味噌、昆布、カツオ、生ハムを合わせたもの。本当に微かな余韻程度の白味噌の風味にカツオ由来の酸味が涼しげ。雑味なくクリアにまとまった味わいだ。

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「リンゴ」はズッキーニ、大根、人参、スイカ、メロンなど色取り取りに小さく丸い集合体。フォワグラや黒トリュフを用いたというオリジナル(更にブルーベリー、カランツ、サワーチェリー等)は多分美味しかったのかなと想像できるが、和の食材を積極的に用いたボットゥーラシェフの気持ち(来日したのは2・3日前だからほとんど即興の仕上げだろう)が伝わる一皿であった。
日本人的には微妙な味わいでも、海外的に和の雰囲気を表現するとこの辺りが限界だろう。日本人的にはこれはこれでまた楽しかった。さて今宵の赤ワインを選んでいこうか。今回のフェアに合わせたグラスワインセットも用意されていたが、やはりいつものようにボトルでお願いする。ソムリエお勧めの中から「ガヤ バルバレスコ(GAJA BARBARESCO Denominazione di origine conterollata e garantita) 1998年」に決める。

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雑味なく美しい味わいは、マッシモの洗練された料理には良いだろう。グラスに注がれると揺れる熟成の茶色がかった赤。立ち上がって来るのは綺麗な干草、凝縮した太陽を感じる赤い果実味、透き通る透明感にピュアな旨味・・円形に優しい余韻が長く続く。ガヤらしいスムーズで洗練された味わいに妻も大満足の様子。
細かく粒子になったタンニンがシルキーで繊細かつ複雑な料理を邪魔せずに寄り添う。そこへ運ばれたのが、今回一番美味しかったプレート「ラザーニャのクランチーな一面」。ボットゥーラシェフの昔の思い出の詰まった料理という。マッシモのマンマが作ってくれた大きなラザニアは、四つ角に出来る焦げた香ばしいクリスピーな部分が一番美味しかった。

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その美味しさを世界中の人に知って欲しいとの思いから創作したものだ。一度完成させたラザニアを惜しげもなく崩して、平脱水させた上、最後に揚げたと言う。その革新的な形は「ショートパスタの鳥が飛び立つ寸前のようなバランス」を表現したものだそうだ。パリパリと音を立てながら混ぜ合わせると、下にはハンディチョップミートのラグーに空気を含んだペシャメル。
ほんの少量だがイタリアンらしい力強さと凝縮した旨味が口中を満たしてくれ、「ガヤ バルバレスコ」と調和してくれた。「これはイタリア人しか作れない美味さだわ~♪」とパスタ好きの妻も脱帽の一皿だったようだ。そしてメインの「仔豚マーケットに行く」がやって来る。カラフルに並ぶ子ブタ達に妻が「きゃ~可愛い~♪」と喜ぶ。

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何とも楽しそうな見た目と名前だが、つまりは仔豚のワールドツアーであると言う。肉料理自体はシンプルに仔豚バラ肉。その上に各大陸をイメージした素材を乗せて変化を付けた。旅は北アフリカの人参から始まり、北米ではレッドビーツのマリネと出会う。そしてアジアでは胡瓜と柚子と味噌、南米はアボカド、そしてヨーロッパ(イタリア・モデナ)は、コテキーノ(サラミ)とマスタードでマリネしたリンゴで旅は終わる。
メインの肉と言う印象はどうしても希薄になるが、食べてみるとそれぞれかなり違った味わいが面白かった。このプレートには「エマリア・ロマーニャ出身のシェフ(つまりボットゥーラ)が、全てのシェフに旅・知識・知恵の重要性を説きたい」との思いを含んでいると言う事であった。

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お腹には余裕あるがなかなか満足したところでデザート2品へと向かおう。まず「デザートのためのガスパチョ」。トマト・胡瓜・セロリのガスパチョと共に季節の野菜と果実が供される。シチリア産アーモンドのクリームに、サクランボ・イチゴ・トマト・人参・バラとランブルスコのソルベに、ベリーのゼリーも乗せられる。爽やかなハーブとレモンの苦味が全体をまとめる。
続く2皿目は「美しい黄色」と題されたデザート。イタリアで愛を語る大切な日と言えば3月8日の「ミモザの日」。我が家でも欠かせないラブイベントだが(世界女性デーでもある)、つまりこれは「ミモザ=女性」をイメージした一皿との事。周りの金箔が花びら、中にはレモン・パイナップル・メレンゲ、下にはパイナップルのクリームが敷いてある。更にパイナップルのスポンジケーキを、わざわざパウダー状にして散らした。

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「黄色は世界を見つめる色」と言うボットゥーラシェフのイメージがデザートに完成していた。最後のお茶と共運ばれるプティフールは「カモフラージュ・チョコレート」。これはせっかくなので、残った「ガイヤ バルバレスコ」と共に部屋に運んで貰い、遅い時間にゆっくり楽しんだ。故郷や家族の思い出を出発点に、映画・絵画・旅などから受けたインスピレーションを落とし込んたプレート達。
「美味しい素材や素晴らしいテクニックより、大事なのは何よりもストーリー!」とボットゥーラシェフは力説していたそうだ。この言葉の中に「世界のベストレストラン」の本質が潜んでいるだろう。とはいえ細な味付けは、複雑かつ正確で焦点が合っている。イタリアンらしい素材の迫力はなく(特に後半)、ボリューム的にもやや物足りなさが残るとは言え、面白さと美味しさが共存・調和した楽しい一夜になった。

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