この日向かったのは緑豊かな東京芝公園。朱塗り三門が印象的な徳川家菩提寺「増上寺」近く、日比谷通りから一本入った所に赤レンガ造りの洋館「レストラン クレッセント(THE CRESCENT)」がひっそりと佇む。1947年古美術商「三日月」としてスタートしてから増改築を繰り返し、後期ヴィクトリア朝風の建築様式を取り入れ完成したのは47年前(地上5階・地下2階)。
レストランとしては58年の歴史だ。車から降りて見上げると、クラシカルな玄関扉が開き出迎えてくれる。エントランスにはアンティークのバカラシャンデリア、アンティーク棚には銀食器や象牙などが煌めく。ウェイティングには来る度に違う古絵画、奥のソファラウンジには19世紀フランス製ステンドグラス、ドイツ・ユンカース社製鉄ストーブなどなど。

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他にも館内には200年程前のフランス製ランタン、80年程前のスペイン製鉄シャンデリア、80年程前のイタリア製噴水、19世紀イギリス船デッキにあった砲金製散水栓、19世紀イギリス製鉄傘立て、キリスト誕生を彫りこんだベルギー製家具など、さすがの骨董品があちこちに飾られている。さぁ我々は正面のエレベーターで3階へ・・
前回同様東京タワーを臨む事が出来る個室「ヴァイカウントルーム(子爵の部屋)」に向かおう。3階にはその他、旧建物から屋根裏部屋を一部移築再現した「オールドクレッセントルーム」や、ソファー席エリアもある「ウッドペッカールーム」、そして豪華な「ホワイトバンケットルーム」など、大小様々な個室がある。

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「ヴァイカウントルーム」中央には8人用丸テーブル。窓にはクラシカルなカーテンに真鍮、その向こうには真っ赤に聳える東京タワー。アンテークのシャンデリアが照らす食器棚には陶器類、アンティークローズ色の壁には女性の肖像画もほほ笑む。テーブルにセッティングしてあるシルバー類は、1744年創業イギリスのマッピン&ウエップ社製。元々は三菱財閥がオーダーメイドしたもので岩崎家紋入り。
少し時代を遡ったかのような穏やかな空間、上品さが心地良い。こちらはディナーのみ1日25名程度の予約を受け付ける。作り置きは一切しないため毎日仕込みだけで8時間程かかると言う。丁寧さやこだわりもグランメゾン「クレッセント」の良さだ。そこでこの日の磯谷卓シェフの料理は、少し前に期間限定の「黒トリュフ尽くしコース(the black truffle in Perth)」を頂きたかったが日程合わず・・

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また9月からは「ムニュ ドゥ スポンタネ 秋の味わい」にも惹かれたが、当日既に用意してくれていると言う事で、スペシャリテに加え最高の食材で作り出す「ムニュー・ド・コンフィアンス(CONFIANCE)」7皿32400円を楽しむ事にする。料理に加え、レストランの醍醐味には「そのレストランならではのワイン(ソムリエ)」との出会いがあるだろう。
巷では「ワイン持ち込み」の是非が話題になるが、我が家ではレストランのワインリストやソムリエのお勧めの中からチョイスする事を楽しみにしている。よって「ワイン持ち込み」は我が家的には、楽しみのかなりの部分を(半分とは言わないが)消費者自ら放棄するに等しい行為と思っている。特にこちらの地下セラー室に眠るのは極上ワイン達。今宵もワインリストをゆっくりと眺めながら、畑山正治支配人(シェフ・ソムリエ)と絞り込んでいく。

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まずはシャンパーニュ、前回訪問時には熟成したロゼ「ポメリー キュヴェ・ルイーズ ロゼ 1989」からスタートしたが、今宵は熟成したスペシャルな赤「アルマン・ルソー シャンベルタン 1978」を開ける予定なので、敢えてブラン・ド・ブランに狙いを定める。チョイスしたのは「アンリ・ジロー アイ・グラン・クリュ ブラン・ド・ブラン(HENRI GIRAUD Grand Cru d’Ay Blanc de Blancs) 2002年」7万円。
ご存知イギリスやモナコ王室ご用達の「アンリ・ジロー」、アイ村で1625年から400年近く続く老舗シャンパーニュ・メゾンだ。アルゴンヌの森の2種の土壌の樫樽にて12ヶ月熟成後、8年の瓶内熟成。しかも「1990年」以来12年ぶりのリリースとなった「ブラン・ド・ブラン 2002」なのだ。クリアボトルに揺れるオレンジかかった美しい色・・

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我が家では「アルゴンヌ」や「フュ・ド・シェーヌ アイ・グラン・クリュ」を開ける事が多いので新鮮な気分。そう言えば数日前ここ「クレッセント」にて、アンリ・ジロー12代目当主クロード・ジロー氏が来店してのテイスティングセミナーが行われているが、「コード・ノワール NV」「コトー・シャンプノワ ブラン 2009」「ブラン・ド・ブラン 2004」が出されたようだ。
グラスに注がれた今宵の「ブラン・ド・ブラン 2002」はクレームブリュレ、ブラン・ドブランドらしい爽やかさ、ミネラルの周りにはアンジローらしい酸化熟成のニュアンス。とは言えナッツ・シェリーに傾きすぎている訳でもなく、上品なまとまりを見せる。酸化熟成が余り強いと苦手な妻も「これは美味しいね、ロゼみたいに綺麗な色だし♪」と楽しんでいる。

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乾杯に合わせて出てきたアミューズブーシュは3種のフィンガーフード。「ムール貝と帆立のムース」「パルメザンチーズとゴマのサブレ」、「白エビ」はチップスにしてクリームチーズを挟み込んで。シャンパンとも接点の多いなかなか練られたフードにグラスも進む。続いて登場した最初の前菜は真っ赤な美しいキューブ、磯谷シェフのスペシャリテ「トマトのコンプレッション プラムオイル風味」。
トマトは「ムース」「サラダ仕立て」「コンソメジュレ」と三層から構成されている。泡のソースからもプレートからトマトの香りがほのかに流れ出す。トマトのヘタの部分はホウレン草とシブレットで作られている。3層に思い切ってナイフを入れて一緒に口に運ぶ。様々な食感の後に浮き上がってくるのは、確かに瑞々しい「トマト」そのものだ。完熟の甘さと程よい酸味が体に染み入る。

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そして焼きたてのパンは定番「ケシの実をまぶしたデニッシュ」「フランスパン」が運ばれる。続いては「北寄貝と岩手産松茸のマリネ」、松茸を丸々一本使用したという贅沢な前菜。目の前から松茸の芳醇な秋の香りが溢れ出す。炭火でさっと火を入れた松茸が底に潜んでいる。その上には松茸の千切り。余韻に残るライムキャビアのプチプチの食感と微かな酸味もまた楽しい。
柚子のソースで爽やかに頂くだけでなく、バルサミコに帆立貝のヒモで煮詰めたソースも添えられており、これがまた後から追いかけて来て、北寄貝とも繋いでくる。松茸を上手く使って、日本人のDNAに訴えかけてくるような前菜だった。次は「黒鮑のナージュ仕立て」。スープ仕立ての見るからに「古典フレンチ」な出で立ちながら、実に穏やかで軽やかな現代的な味わいが広がる。

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野菜のブイヨンとクリームで仕上げたナージュは、どこか和的な清涼感さえ感じさせる。口の中に吸い付くようなボリュームの黒鮑を、シャリシャリと音を立てるスナップエンドウの食感や、鮑の肝の風味と共に、じっくり噛み締めていく幸せ。余韻に感じる微かな酸味がまた微妙に味わいを整えている。妻も「これだ~い好き♪」とご機嫌だ。
聞くと黒鮑を野菜のブイヨンで煮込む際にビネガーやほんの少量の日本酒を加えて煮込んでいるとの事だった。なるほど~な旨味だ。これには畑山ソムリエが、白ワイングラスを出して「アンリ・ジロー」を注いでくれる。時間が経って更に複雑さが増した味わいを、正に「白ワイン」として楽しめた。

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ちなみに今宵のミネラルウォーターは、オーベルニュ地方の天然水微炭酸「サン・ジェロン(SAINT-GERON)」、泡2気圧、硬度418mg/l、PH6。底が四角でスマートなボトルデザインはアルベルト・バリ(Alberto Bali)氏。味わいやデザインがエレガントである事から「The Queen of Mineral Water」と言われている。
さて、今回「クレッセント」訪問の大きな目的は何と言っても「アルマン・ルソー シャンベルタン(Armand Rousseau Chambertin Grand Cru) 1978年」40万円弱。畑山ソムリエがパリから独自のルートで5本のみ直接仕入れたもの。前回訪問時に聞きつけ、是非にとお願いしていたと言う訳だ。ブルゴーニュ地方ジュヴレ=シャンベルタン村にある、言わずと知れたトップドメーヌ「アルマン・ルソー」。

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自然な抽出から滋味深く、品格ある味わいが我が家のお気に入りの造り手だ。コート・ドールを訪れた際にはその葡萄畑にも訪問した。所有する畑は15ha超、その内8haはグラン・クリュ6つ(シャンベルタン/シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ/マジ・シャンベルタン/シャルム・シャンベルタン/マゾワイエール・シャンベルタン/リュショット・シャンベルタン)だ。
この「シャンベルタン」は4区画の2.55ha。平均樹齢40年以上で手摘み(除梗80割で全房2割)、リュット・レゾネ。最近はなかなか手に入りにくいところに、しかも70年代と貴重な一本にワクワクする。今回これを開けるに辺り、先日は「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」にて敢えて若い「アルマン・ルソー シャンベルタン 2011」を飲んでおいた(笑)

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「アルマン・ルソー シャンベルタン」の古酒は「1987年」を3年前に飲んでいる。これはブルゴーニュを訪れた際、ボーヌの酒屋で購入していたもの。平凡なヴィンテージながらなかなかの味わいだった。一方今回の「1978年」のブルゴーニュは20世紀最高のビンテージの一つと言われている。冷夏の為果実が熟するのは遅れた(開花は6月9日~7月6日)が、9月に天候が回復。
連日10時間の日照に、成熟終わりに好ましい北風も吹いた。その結果「曽孫のためにカーヴに何本か残しておいてもよいヴィンテージ(by ジャッキー・リゴー)」という評価を得ている。このようにヴィンテージ的にはかなりの差があるので否が応にも期待が高まる。もちろん古酒の場合、その頃のドメーヌの調子も一つの情報になる。

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「アルマン・ルソーは1950・60年代に名声を博したが、70年代後半から80年代は原因不明のスランプに陥り、1985年から改善したと言われている(by マット・クレイマー氏)」。そんな「ビンテージ」と「ドメーヌの調子」のせめぎ合いも楽しみだ。畑山ソムリエが地下のセラー室から個室に運び混み、慎重に抜栓していく。
そこに「秘密兵器です」と笑いながら取り出したのは「ザ・デュランド(The Durand)」。コルクスクリューと、2枚刃プロング式(ジタノ、モノポール・アーソー)コルク抜きを合体させたオープナーだ。昨年から日本に入ってきたとの事。これで1920年代の!ワインも問題なく開けられたそうだ。美しい手さばきで抜栓されていく、妻は「うわぁ」とか「ほう!」とかとにかく楽しそうに間近で見ている(笑)

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綺麗でクリア・・グラスの向こうが透き通るようなレンガ色だ。奥深い妖艶な香りが、ピュアながらグイッと迫ってくる。「完璧な状態です、Perfumeのようですね」と満面の笑みの畑山ソムリエ。挽いた胡椒・炭焼きコーヒーの様な熟した感じ。トリュフ・上質のなめし皮・・時間と共に更に開いてくるが全く落ちない。酸味も突出してなく、ある意味力強さと言うか骨格は残ったまま。
その後は微かに梅のニュアンスに長い余韻になっていく。妻は「今までで一番美味しいブルゴーニュになったわ!」と感動しきり。最後の最後までバランスは崩れず品格を保った大満足のワインであった。さぁ同じく佳境を迎えてくる料理の話に戻ろう。またもや豪華な食器で運ばれた「オマール海老のアメリカンソース添え」。これも「アメリケーヌソース」というクラシックな語感の響きとはかけ離れた、軽やかで現代的な味わい。

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プリプリに旨味あふれるオマールの身。オマール海老の爪の身はムース状にして、トウモロコシのパートフィルで包み込んでいる。サフランのバターライスも添えてある。まだまだ美味しさは続き次はメインディッシュだ。「短角牛」「A5黒毛和牛のヒレ肉」「イベリコ豚の炭火き」「子牛のミジョテ」「北海道産子羊のロースト」など8種類の中からチョイスできる。
ブルゴーニュに合わせて「ルーアン鴨胸肉のソテー オレンジソース」にも惹かれたが前回頂いた。そこでブルゴーニュの郷土料理「ブッフ・ブルギニヨン(牛肉のワイン煮込み)」をチョイスした。カジュアルな煮込み料理はグランメゾンでは珍しいが、「シェフが見事なプレートに完成させてます」と言う事で興味が湧く。こちらのは、ヒレの先部分をポートワインやクレーム・ド・カシスと共に1週間マリネし、2時間程煮込んだもの。

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口に運ぶと驚くほどホロホロと崩れていく、繊維を感じない柔らかさは通常の「ブッフ・ブルギニヨン」とは全く別物だ。とてもモダンで奥深い味わいに脱帽する。ワインも残っているので、せっかくだからチーズも楽しもう。10種ある中から食べ頃お勧めを頂く。熟成した5年物の「エポワス」に蕩ける「ブルー」などに、ドライフルーツやスライスしたパンが添えられる。
そしてデセールはお待ちかね「佐渡産黒いちじくのコンポートと胡桃のアイスクリーム添え」。並ぶ黒無花果は佐渡・小木町でのみ生産される「ビオレ・ソリエス」(AOC「フィグ・ド・ソリエス」が原産)。モーツァルトを聴いて育ち、何と糖度は20度以上。仕上げには佐渡産椿油が塗られていると言う。この佐渡産黒いちじくを使ったデザートは10月までの期間限定。

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サクサクのメレンゲに包まれた「胡桃のアイスクリーム」も風味まろやかで美味しく頂けた。そして「クレッセント」と言えば名物、スイス「ジラルデ」仕込みの伝統菓子「タルト・ヴォードワーズ」がやって来た。クリーミーで優しい甘さ。更に妻の大好物、焼き立てアツアツの「ミニマドレーヌ」も登場する。ふんわりサクサク、スコットランド「ヘザーのハチミツ」が蕩ける香りだ。
満腹でもうこれ以上は無理!といった状態に最後運ばれたプティフールとハーブティー。北海道産大納言小豆と抹茶クリームの「抹茶マカロン」、ピスタチオクリームの「ヌガー仕立てマカロン」、「ラムレーズンマカロン」「アマンドショコラ」「ほおずきトマト」など。外せない氷砂糖の「ウイスキーボンボン」は、やはり食後酒いらずの美味しさ。

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さすがにもう全部は食べきれないので、いつもの様にクレッセントハウスをモチーフにしたオリジナルボックスに詰めて貰い、持ち帰る事にする。「都内でどこよりも最高の食材を使っています」と言うだけあって、翌日にも何を食べたか各プレートの印象が残る。磯谷シェフが「ジラルデ」「ローベルガード」「ル・クロコディール」「ミッシェル・ゲラール」などの修行から帰国したばかりの頃は、かなり濃い味わいだったようだが、年々少しずつ軽くなっていると言う。
好みであればもっとクラシックにも出来るとの事なので、まずはシェフのスペシャリテを頂いてから、自分の好みを伝えて行けば良さそうだ。いつもながらクラシックでいて新しい磯谷シェフの料理、そして畑山ソムリエの優雅なサービスと共に味わう素晴らしいワイン・・都心とは思えない静かで落ち着いた空間の中満喫できた、身も心も幸せなディナーであった。

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