この夜は久しぶりに、新宿のハイアットリージェンシー東京内「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ(Cuisine[s] Michel Troisgros)」へ向かう。ホテルの吹きぬけロビーには、1980年開業時からそこにある大きなシャンデリア(1億五千万円)が輝く。フランスはロアンヌの3ツ星「メゾン・トロワグロ」ミッシェル・トロワグロ氏がプロデュースするフレンチレストラン「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」。
ミシュラン東京では8年連続の2ツ星だ。現在のエグゼクティブ・シェフはギヨーム・ブラカヴァル(Guillaume Bracaval)氏。こちらでは親交のあるシェフをフランスから呼んだフェアが不定期に開催されている。今回は以前から我が家が注目していたダヴィッド・トゥタン(DavidToutain)氏とのコラボレーションだと聞きつけ、滑り込みで予約を入れる。

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自らの名を冠した「レストラン ダヴィッド・トゥタン(Restaurant David Toutain)」をパリ7区にオープンしたのは2013年末。それからわずか1年でミシュラン1ツ星を獲得した。2014年末には隣に「イダンティ・テ(Identi-T)」もオープンし、カジュアルな料理も提供するなど活躍を続けている。ギヨーム氏とダヴィッド氏は共に1981年生まれ。
2人とも「アルページュ」「ランブロワジー」で働いている。ダビッド氏はその他、パリ「ピエール・ガニェール」やアヌシー「ラ・メゾン・ド・マルク・ヴェイラ」などでも修行した後、アルページュ時代の同僚で1ツ星「アガペ」オーナーのローラン・ラペール(Laurent Lapaire)氏と共に、2011年「アガペ・シュプスタンス」をオープンする(ちなみ「アガペ」のシェフはギヨーム氏だった)。

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フレンチ好きの人ならこの時代のイメージが強いかもしれない。2012年ゴー・ミヨーで「GRAND DE DEMAIN(明日を担う料理人)」に選ばれるなど、今まさに注目されているフレンチシェフの一人だ。ダヴィッド氏の来日は今回で2回目。初来日時は「オトワレストラン」とフェアを開催したとの事。さて今回の「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」でのフェアは2日間。
コラボ・ディナーは1人24000円(サービス・税別)。メニューにはパープル文字「D(ダヴィッド David)」とオレンジ文字「T(トロワグロ Troisgros)」で表示され、どちらのシェフのプレートが解り易くなっている。ちなみにレストランのインテリアデザインは杉本貴志氏。1階にあるため、窓外にはホテルらしく手入れされた緑が見える。

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内装にも自然素材を多用し、特に奥のダイニングは杉や胡桃の木を使った柱や天井など、温かみある空間を演出している。ダミアン・マザー支配人が案内してくれたのは、カラフルな「スパイスアート」が印象的な柱前のテーブル席、キッチンの様子もよく見える。まずはグラス・シャンパーニュ「シャルトーニュ・タイエ キュヴェ・サンタンヌ ブリュット(Chartogne Taillet Cuvee Sainte Anne Brut)」と共に、アミューズを頂こう。
「はじまりの1品」とあるが、ダヴィッドとトロワグロが2品ずつ合計4品が出てくる。1つ目はダヴィッドの(D)「飛騨牛の燻製」。飛騨牛のタルタルとフランボワーズを包み込み、上にはカタバミを添えている。何とも柔らかな不思議な味わい。続く2つ目はトロワグロの(T)「フラムクーシュ」。アンチョビ・パルメザンチーズにハーブも効かせた、アルザス風タマネギのタルトだ。

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3つ目はトロワグロの(T)「イクラと胡瓜」。イカスミのパウダーを振ったポレンタを台座に、クリームで和えたイクラとキュウリを乗せて。なるほど寿司風のイメージも楽しい。最後はダヴィッドの(D)「ビーツのムース」。ビーツのムースの中にはブラックベリーなどを詰めている。一気に口の中で溶けていく繊細な風味が独特だ。
どれも手で一口に頂くアミューズ達は、味わいの変化に富んでなかなか面白い。シャンパンにも合って引き込まれる4品だった。さぁ次の前菜からは、ダヴィッド・トゥタンとキュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロの皿が一皿ずつ登場してくる。「ウフとマイス クミンシード」は、(D)ダヴィッドのスペシャリテ。鶏の巣の様な見た目に妻が「かわいい~」と喜ぶ。

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卵の殻を器に、半熟の卵とトウモロコシのムース、そしてキャラメリゼしたクミンシードが振られている。かなりミキュイの卵の繊細な味わいから、中盤にはトウモロコシの甘さと塩気が広がり、シブレットの風味が残る。良く見かける一皿のようでいて、独特の着地点がダヴィッドらしさなのかもしれない。
続く「トリュイット 味噌のコンフィ、スリーズ/アマンド」、こちらも(D)ダヴィッドがフランスで提供して評判の高い、噂の一皿だ。真空調理した静岡産サクラマスに合わせるのは、なんと赤味噌のマヨネーズソース?!そのムース状のソースの濃さが全体の味をマスキングするが、生のアマンドやチェリーのアクセントがピタリとはまっている。ベルベーヌのオイルも爽やかさを加える。

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 美しいプレゼンテーションと味わいが寄り添っていた。美しいだけのデザインではなく、味わいに繋がり、しかもバランスが取れている。次のプレートは(T)トロワグロからの「ボタン海老のラフレシー オードトマト」。ボタン海老のタルタルを、ビネガーとバジルを効かせたトマトウォーターで、まとめ上げた爽やかな一皿。
目の前で注がれるクリアなトマトウォーター。その夏らしい酸と香りが何とも心地良い。トロワグロの夏の定番と言うだけある完成度だ。フェンネルのパウダーも散らされ、スパイスの微かな香りも印象に残る。妻も「これ美味し~い、もっと食べたい」と思わず口をつく。次は(D)ダヴィッドの「テュルボ、クルジェット シトロネルの香り、ハーブ」。

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真空調理したフランス産テュルボが存在感を見せる。「僕がフランスから釣ってきたよ」と言うダヴィッドのジョークに、厨房の誰も笑ってあげなかったらしい(笑)プレートの中央部分にひいた3種のソース(バジル/ユズのクリーム/レモングラスのソース)と組み合わせる事で最後まで飽きない。弾力を感じる身を様々な、繊細な味わいで楽しめる。
付け合わせのズッキーニは、レモングラスやハーブを香らせて。その複雑な要素が様々に絡み合いながら見事に収斂していく・・いかにもフレンチらしい味わいに満足する。ここで白ワインのグラスも頂こう。「ヴァンサン・ジラルダン ムルソー レ・ナルヴォー(Vincent Girardin Meursault Les Narvaux) 2010年」、秀逸なワインを産み出すブルゴーニュ注目の作り手。

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次のプレートは(T)トロワグロから「トーフとパルメザンのグラティネ ラルドと黒トリュフ」。自家製豆腐の上にはパルメザンチーズとパン粉を振って、グラタン風の仕立てにしている。ラードの香りを纏わせたクリームソースを注ぐと、ミキサーにかけたオーストラリア産黒トリュフがソースに溶けていく。その様も何とも美しい。
パルメザンと黒トリュフの香りが混じり合い、ラードの雰囲気が肉も感じさせる。黒トリュフがもう少し存在感を見せてくれればより完璧だったかな? 豆腐と言う和の典型素材を用いながらも、フランスの香りにあふれた一皿であった。続くは(D)ダヴィッドによる「ラングスティーヌの香り、銀杏と海老のジュ」。

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まずはモミの枝に包まれた状態のラングスティーヌが、香り豊かに登場する。それをテーブルでプレートに盛り付ける。真ん中には黄色い銀杏が艶やかだ。ポワレしたラングスティーヌはこれまたミキュイ。繊細な火入れで引き出された甲殻類の、甘さと旨味が口中に広がる。それを更に引き上げるのが、微かなモミの木の香りだ。
海老のコンソメで風味付けしてフリットにした銀杏。しかも葛でとろみを出した食感と風味も印象を底上げする。赤座海老の旨さの上に、モミの木の香りと銀杏の香り、食感などが複雑に絡んでくるプレートだった。さて、ここでそろそろ赤ワインをボトルで楽しむ事にしよう。チョイスしたのは「アルマン・ルソー シャンベルタン(Armand Rousseau Chambertin) 2011年」。

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ここ「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」のワインリストは若い年代が多いが、ブルゴーニュ、例えばこの「アルマン・ルソー」も数多く取り揃えられ、料理に合わせたなかなか楽しいリストとなっている。ブルゴーニュ地方ジュヴレ=シャンベルタン村にある、言わずと知れたトップドメーヌ「アルマン・ルソー」。我が家のお気に入りのドメーヌの1つだ。
コート・ドールを訪れた際にはルソーの畑も訪問した。現在は3代目エリック・ルソー(Eric Rousseau)当主の下、既に1912年より娘シリエルもドメーヌ入りしている。所有する葡萄畑は15ha超、その内8haはグラン・クリュ6つ(シャンベルタン/シャンベルタン・クロ・ド・ベーズ/マジ・シャンベルタン/シャルム・シャンベルタン/マゾワイエール・シャンベルタン/リュショット・シャンベルタン)だ。

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この「シャンベルタン」は4区画の2.55ha。平均樹齢40年以上で手摘み(除梗80割で全房2割)、リュット・レゾネ。実は今回これを選んだ理由は、料理に合わせると言うより、後日飲む予定がある古い「アルマン・ルソー シャンベルタン」に備えて、若い年代を飲んでおきたかったからだ。「このラベルを見るとワクワクするよね♪」と妻もご機嫌の様子。
一口頂いたところで強めの味わいにデカンタをお願いする。その間に次の料理を頂くとしよう、ダビットによる(D)「アンギーユのフュメ、セザムノワール」だ。オーストラリア産ウナギを燻製にて表をキャラメリゼした一皿。ドロッとした黒胡麻のソースが目に飛び込んで来るが、その下に敷いた林檎がポイント。>酸味と甘みを加えた事で、見た目よりも随分すっきりと食する事が出来る。

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「ダヴィッドシェフは面白い発想するね」と感嘆の妻。比喩的に言えば、「ノーマ(noma)」がパリ・オートクチュールならば、ダヴィッドのは消費者が理解し易いプレタポルテと言った感じか・・と夫婦で勝手に理解する(笑)そして注がれたワインは美しいルビー色でグラスに揺れる。グラスはリーデルが料飲店のみに販売している「リーデル レストランシリーズ」。
業務用だけあって割れにくいがっしりした手触り。何より値段も安いので、幅広いレストランで使えるだろう。「アルマン・ルソー シャンベルタン」は、薔薇・紫蘇・ダークチェリー・炭のパウダー・・香りは妖艶でいてタイト。若いながらも、ピュアで上品なルソーそのものの世界が広がる。新樽率100%だがそれを感じさせないのはさすが。

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アタックからの舌触りがとてもなめらかでシルキー・・香り成分豊富な、厚みある上質なブルゴーニュと言う感じだ。きめ細やかなタンニンであるため、若いとは言え今でもそれなりに楽しめる。そんな中運ばれたのは(T)トロワグロの「仔牛と蕎麦の実 ニョッキ」。テーブルで、ジュ・ド・ヴォーにシェリービネガーを合わせた、とろみあるソースを掛けて仕上る。
蕎麦の実を合わせたバターをフランス産仔牛側面に塗り、オーブンでゆっくりと火入れしたものだ。肩の力が抜けた余裕の完成度といった趣きがヒシヒシ伝わって来る。付け合わせは、ジャガイモのニョッキやマリネしたオニオン。香りをまとったふんわり柔らかな仔牛の食感、仔牛らしい滋味深い味わいを、フランスのエスプリと共に美味しく頂けた。

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さてデセールも盛りだくさんに運ばれてくる。まずは(D)ダヴィットの「シューフルールとショコラブラン、ココナッツミルク」。カリフラワーとホワイトチョコレートのムースに、ココナッツミルクがずっしりとした器に入っている。ふんわり甘く美味しいショコラムースに妻も満足そう。続く「フレーズシュクレ、リュバーブとトンカのテクスチャー」も(D)ダヴィットの作品。
まるで天使の羽が刺さった様な可愛い赤とピンクのプレート。苺のアイスの下にもフレッシュな苺が隠れている。リュバーブの食感やトンカ豆のムースの芳ばしい香りがアクセントだ。ライムの香りを感じるメレンゲの食感と共に爽やかに頂けた。そしてもう一皿は(T)トロワグロから「鮮やかな緑 米、胡瓜と果実の酸味」。夏の水田をイメージしたと言う涼し気なグリーンも美しいデセールだ。

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ちょうど厨房で作業中のシェフ・パティシエのミケーレ・アッパテマルコ氏の姿も良く見える。胡瓜と、テキーラの原料の竜舌蘭アロエのゼリー。下には米やヨーグルトのムース、周りと胡瓜とメロンという組み合わせだ。なるほどバランスが取れて甘爽やか。最後は妻希望のヘルシー「ローズヒップ・ティー」と、(D&T)ダヴィットとトロワグロ共作の小菓子3品が登場。
トロワグロからは、ココナッツのクリームを詰めた丸いメレンゲと、トウモロコシのミニマカロン。そしてダヴィッドからは、オレンジフラワーのミニ・フィナンシェ。そしてヘーゼルナッツを詰めたボンボンショコラは、こんもりと土の様に盛られたカカオパウダーの中に潜んでる。色んな味わいが遊び心いっぱいに提供されるため、最後までしっかり楽しめた。

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振り返るとかなりプレートが多いディナーだが、非常にテンポ良く提供され、2時間程度で出し終えている。厨房もかなりのスタッフを割いてるようであった。これだけの皿数を早いテンポで供されると、どうしてもコースの流れ的には「何を受け止めるべきか」あやふやになりがちだ。それでも一皿一皿に様々に面白い視点・練られた感性が示されている。
そのため改めてゆっくり振り返ると、それぞれのシェフの特徴が浮き彫りになる。例えば、「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」の料理は完成度が際立ち、「ダヴィッド・トゥタン」のプレートはシェフのセンスとこのフェアーへの思いが伝わって来た。若き2人のフレンチシェフ、それぞれの世界観を存分に楽しめる満足度の高いディナーイベントであった。

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そう言えばまた来月頭には、2ッ星シェフのジャン・シュルピス氏が来日し、ギヨームシェフと一日限りのコラボレーションが行われるようだ。いよいよこれから冬にかけて、フレンチが楽しく、ワインが美味しい季節になって来る。我が家も既にスケジュールが色々と埋まって来たが、期待高まる秋の到来である。